愛ダケじゃ、育たない。

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関東ローム層の上で

永らくご無沙汰していましたが。
やっと自由時間が取れる日常が戻り、またボチボチと更新します。

よろしくお願いいたします。

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一人、行く息子へ

 
出来る限り、時間をやり繰り出来た朝は。 
誰にも意図を告げず、続けたい。
 
息子と私がもらう様々な支援の、お裾分け。
公的ではない、名称もいらない。
後回しにされやすく、忘れられやすい。
義務や権利でもなく、声高に叫ぶのでもない。

でも、人が育つ、生きていく、その過程では。
とても重要だと、”人”であるなら知っているはず。

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家庭での最大支援とは

息子は三年生になった。

積み上げた交流関係の殆どを削がれる転校。
また一年かけて、新しいクラスで、新しい先生の新しい指導の元、
新しいお友達との、新しい積み上げ。
 
新しいと書けば、なんだか心躍るような幸先の良いスタートを連想するが。
息子にとっては、不安感いっぱい、の春である。

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記憶のカケラ

7歳の言う、ぼくの頭の中とは。
7歳の話す、ぼくのこと、とは。
 
分かっていないようで、実は。
とても多くを分かっているのではないだろうか。
 

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環境変化 息子の場合

昨春、就学して。
やっとやっとでピカピカの一年生になった息子。
 
「行ってきまーす」の声を合図に、門扉前まで見送りに出る私を。
振り向きもせず、背中で楽しそうに揺れるランドセルをお供に駆け出す朝。
「ただいま!」の声質も安定し、時折、インターホンから「宅急便です」とふざけてご帰還。
 
ここまで来るには。
積み重ねて、積み重ねて。
だけど時折、それを崩す選択を強いられながら。
積み上げてきたあれこれを。
 
転勤の名目で、また、崩さなければならない。

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学習面での落とし穴と自己否定

算数、国語は就学前から、目が届き易い教科だった。
集団指示の聞き取りや、学校生活を想定しての療育も、細分化すれば苦手箇所が出るが、
療育でも家庭でも目立った箇所ではなかったが、特性が際立って現れる教科がある。
 

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特徴が示す特性を見極めながら

発達障害の中に、ADHDと言われるカテゴリーがある。
注意欠陥多動障害とも言われる。
 
学校内では落ち着きがない、お調子者といったキャラとして、
迷惑がられる存在ではなく、どちらかと言うと憎めない存在としてのポジションを得る。
 
だが、集団内(特に授業中 となると支援側は担任の先生、只一人。
担任の言葉を信じ、「問題ないですよ」の落とし穴に落ちるトコロだった。 

 

 

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ファーブルとエジソンの母の心情模索中

小学校に入学して、この5ヶ月。
 
夏休みを含め、様々なトラブル&発見があった。
息子は確かに成長してる。発達もしている。
 
学校でのトラブル、学習障害については、おいおいまとめつつ。
観察しながら、書き出しをしながら、となるとかなり苦心しているが、
とりあえず今のところ、通知表は全て「できる」をもらっている。(絶対評価
 
今回は長い夏休み期間の日常生活の中で、離れる時間なく過ごした結果。
その方向性が、やはり少し違うのかな、と思う箇所を。

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行動から動機や思考を読む

どちらかと言えば、息子に対する療育ではなく。
療育する側(親側 の療育=思考訓練に近いかもしれない。
 
「アタシ、アンタのママやねんで!?」と、子どもが発する矛盾に叫び出したくても、
ぐっと堪えて、感情に流されそうになりながらも、冷静に客観視する。

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差と違いの違い

息子が就学するのを期に。
投薬を考え始めて現在、コンサータ18㎎を服用させている。
 
薬を飲ませることは、母親の負けを認めるような。
育つってことは、勝ち負けでは決してないのだけれど、でも。 
息子の障害を受容し切れていない気がして。
息子を丸ごと、受け止めて受け容れて、育てていると言えないような。
 
それでも、投薬を始めると決めたのが、親の決心なら。
息子の寝顔に泣きながら詫びたのも、嘘偽りない親の情。

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