愛ダケじゃ、育たない。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

軽度の場合の訓練と試練

加配を付けず、毎日、定型発達の子供達と過ごし、
担任にも「障害としての特性・支援」を告げず、半日を過ごさせる。
 
それは息子にとって、試練だろうか、訓練だろうか。

年少の一学期だけ、加配をつけて園に通って、現在。
年中になり、公立園に転園し、転園した園には、
息子の「性格としての、特徴」として、特性を伝えてある。
 
診断名はもとより、療育先、療育日程、支援方法などは、一切、伝えていない。
息子は、それでも幼稚園を楽しい!と思っている様子で、
「行きたくない」とゴネる事もなく、毎朝、門まで送ると一目散に、自分のクラスへ駆け出す。
親の目から、みれば、「伝えなくても集団の中で伸びている実感」もあり、
このまま園側には、性格としての特徴として、自閉圏内の息子の特性を伝えたい、が。
 
集団でいる事を楽しみながら、周囲を見ながら学ぶのであれば、
それは歓迎される「訓練」であろう。
集団でいる事が難しい(理解が追いつかない、もしくは 出来ないの占有が多ければ
それは苦痛となり、「試練」になる。
長期的に見れば、試練が多いほど自己否定も多くなり、自尊感情が失われる。 
本人が気付かない「訓練」であれば、それが一番吸収も早いだろう。
 
以前、拍手ページでのコメントを頂いた中に、
「ママのために○○すると気持ちが良い」というふうにしたほうが、
 脳への入り方が良い。すくなくとも「○○しないと怒られる」という罰則で教えるより、
 脳に入力しやすい」と感じます。 と、書き込まれた方がおられた。
これは私が迷いながらも実践している、我流療育の形がそのまま言葉になっている。
四苦八苦しつつ療育に取り組んでいる記事を読まれ、アドバイス下さったのだと、
私は受け止めており、それが医学的に立証されていようがいまいが、
私には、とても大きな励ましになった。
 
何かを習慣付けよう、導こうと工夫しつつ支援する、のは全てのベースがこれに繋がる。
イヤイヤながらやる事の伸び率なんて、実際タカが知れている。(大人も同じく 
聞き取りが苦手、集中が苦手、周囲と協調が苦手・・・、多種多様な行動の苦手であっても、
導入部分で「工夫して子供を惹きつけてから、試みる」 と専門書にも書いてある。
それは、大きな声で注意をひくのでも良いし、視覚からの情報入力でも良い、だけど。
何を一番に優先し行うかの共通項目は、本人の興味を得ることだ。
 
本人の興味とは、決して怒られる事ではない。
本人の興味とは、指示され続け従うだけの日常でもなく、ましてや。
噛み続け、叫び続け、叩かれ、疎外感だけを味わう日常でもない。
 
発達障害があるからといって、自身を取り巻く人の言動を見ていないワケじゃない。
定型者よりも、それら全てに敏感で繊細さを持ち合わせ生まれたからこそ、の問題行動だ。
 「ママのために○○すると気持ちが良い」 と、尚更感じるのではないだろうか。
 「お友達と一緒は、とても楽しい」 と、より本能が求めるのではないだろうか。
 
先日、旅先で小さなパニックを起こした息子。
友人家族との待ち合わせ場所に、パパとトイレへ行っていた息子に何も告げず、向かった。
息子のいた場所と私の移動距離間は、約300㍍、時間にすれば20分程度。
人混の中で友人を確認し合流後、急いで息子のいた場所へ、・・・すると。

なにやら大声で叫んでいる子供を遠目にみれば、顔を真っ赤にした息子。 
明らかにパニックを起こしているが、手に負えないといった風情で、
仁王立ちしてエコラリアを起こしている息子を、半分諦めの表情で眺める、パパ。
息子の側を通り過ぎる人々が、痛ましそうな視線を息子に送るなか、私は。
「大きな声を出さないで」 とも 「小さな声にしようね」 とも 「いい加減にしなさい!」
とも、言わなかった。
  
「ママの側を離れないよ」 「お外ではママと一緒」 「手を繋いで行こうね」
いつも、私が息子に言っている言葉を。
不安感に飲み込まれながら、息子が発している、と知ったから。
 
「一人で行ったら、あかん!!」 
「ママ、一人で行ったら、あかん!!」 「一人で、あかんの!!!」 と。
知らない土地で、知らない風の中で、知らない人々の群れを見て。
怯えて、抱え込んで、バクハツさせてしまった。
 
駆け寄ると、首に体に膝に、腕ごと体ごと足さえも、全身で巻きつきながら、
所構わず私を叩き始め、エコラリアの症状で、耳元で叫び続ける17キロに、伝える。
「そうやね、ママは一人で行ったらあかんやったね、ごめん」 と。
頭、背中、肩、腕、胸・・・叩かれながら、それでも、伝える。
「怖かったね、ごめんね、一人にして、ごめんね」
「ママ、悪い子! ペチ!ペチ! うぅぅぅ~~~!一人であかん!ペチ!!」
 
パパが居てるから、きっとイケる、ダイジョウブやろ、の楽観視が。
息子の不安定さを見抜けなかった、旅先での私の浮き足立った高揚感が。
息子に、公共の場で「試練」を与えてしまった。
 
いつもと違う場所でお泊り、これは「私と一緒に」なら多少テンションは上がるが、
経験も積ませており、楽にクリア (モチロン、二つお泊りするよ、と事前予告アリ
ホテル側や宿泊客に迷惑を掛ける事なく、大浴場でだって楽しげに他人と入浴可能。
広いロビーで走り出す事はあっても、「離れない、ママと歩くよ」 で、問題行動
(ダーーーっと走り回る 延々とピョンピョン もクリア出来る。
それらは、旅先での (客船に乗る、遊園地に行く 等 のお楽しみを用意してある訓練。
けれど、「急にママが居なくなる (視界からアウトする 」のは、息子には試練であった。
 
幼稚園のママ友達に言われた言葉。
「息子ちゃんは、いつも、ママ~、ママ~って、ママを探してるイメージやね 笑」
息子を一人、幼稚園に通わせる事は、本来なら試練。
だけど、お迎えには、ママが来る、絶対に来る、そこを理解出来ているからこそ、
目先の遊具やお友達に釣られながら、「楽しい訓練」に化けるのだろう。
楽しい訓練の後は、絶対にママがお迎えに来る。
辛い試練の時にでさえ、否定せず、拒否せずにママが必ず受け止める。
だからこそ、「ママのために○○したい」の気持ちが生まれて、脳に入力もし易くなる。
「○○出来る自分」を知って、(当然、出来なくてもママは認める 安定に繋がる。
 
息子の試練、それはママの試練に直結している。
ママは、自分を鍛錬する訓練も、せなあかんな~~~ (苦笑
  
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ いつも応援ありがとうございます。

関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

少し!

記事読ませていただきました!

お父さんの立場から言えること(言いたい事)は、
お父さん、寂しい!です。

確かに、子育ての主役はお母さんかも?ですが
お父さんも、もっと参加しなくては!

おかあさんがいる!そしておとうさんがいる!
って、ならなくては!

仁王立ちしてエコラリアを起こしている息子を、半分諦めの表情で眺める

これは、いかんと思います!
誰の子でもない、自分たちの子供です。

パニックを起こしている原因がわかっているのなら、
子供と視線の高さを一緒にしてあげて、

落ち着いた声で、スキンシップを取りながら言ってあげる。

離れる前に、ママさんと話してたのなら
あと何分で帰ってくるよ!と説明する。

お父さんが、諦めたら
子供も諦めるようになってしまう。
と、私は思います。

お母さんが、もし病気で入院!ってなったら
どうします!

育児は、お母さん一人では出来ません。
ましてや、男の子の場合は特にそうだと
私は考えています。

子供は、大人が考えているより
ずっとずっと、素直で賢いんです!

もっとお父さんもお父さんでなければ!
仕事で稼げばいい!という時代は
終わってると思います。


たっとぱぱ | URL | 2009年06月22日(Mon)12:51 [EDIT]


試練か~・・

そうですね、子どもの試練は
親の試練ですね・・・

息子が通っている訓練先とは別のところに
発達の相談に行った時に、そこのドクターに
「さあ、勉強しましょうと用意してやらなくても
日常の中で訓練できる事がたくさんある。
それを”訓練”と気づかぬようにやるのが
親の力量だ」と言われた事があります。
わかっていても、言葉で言われるととっても
伝わるものがありました。

息子にとって”勉強”は試練なので
いかに楽しくやるかですかね。

「敏感で繊細さを持ち合わせ生まれたからこそ、の問題行動」
と言う文がとても心に響きました。
自分でどう説明したらいいか悩む事を
いつもママさんのブログで
「あっそうそう、これこれ」って思います。

yocky | URL | 2009年06月23日(Tue)00:25 [EDIT]


うーん。やっぱりママさんは凄いですよね。

ウチもこの間、三歳になり、個性がはっきりしてきました。

療育も春から増やし生活に変化があったせいもあり

あまり良い調子ではありませんが階段1段、自分で上がらそうと、最近は試練として見守る事も増やしています。

教室では頑張りすぎてしまう我が子。

だからナカナカつかめないんですごめんなさいと話していた先生達も少しづつわかってきましたと色々療育の提案をしてくださったり。

全然知識がなく出口のない迷路に迷いこんでいた私には

先生達の協力も勿論ですが、こうしたママさんのブログも強い味方です♪

いつも本当に為になります!ありがとう!

いろどり | URL | 2009年06月24日(Wed)09:38 [EDIT]


たっとぱぱさん

そう!父親参加です!
 
毎週、一日だけ3時間ほど仕事を抜けて、息子の療育に通ってもらっていますが、それは、贅沢に思われる方もいらっしゃると思いますが、私にすれば、「24時間の内の3時間」であって、私の関わりが24時間、パパの関わりが24時間であるなら、もっと濃密に、的確に息子は学べるのではないか、と思ってます。
 
息子の「今」が二度と取り戻せないのと同じに、「私達の関わり」も学ばなければ、取り戻せないからです。
 
出番を増やすといっても、仕事もあるし、何より、本人の意識付けからですので、両親の関わりの凸凹が息子に混乱を招く場合もあって・・・。
 
日常の生活の中での「会話」「動作」諸々、とそういった諸事こそが、一番大切な療育の場であるのに、そこへの介入にパパは「抵抗」を示します。
 
息子に拒否されるからだと思いますが、やはり、さびしいですよね~。父親の役割・母親の役割、それらは性差もあって得手不得手もあるでしょうが、
「僕のお父さん」で居られる時間は短いと思いますので、「パパ~」と呼ばれる今こそに、パパである実感と積極性を持ってもらいたいな、と願って居ます。

ママ | URL | 2009年06月25日(Thu)10:02 [EDIT]


yockyさん

>用意してやらなくても、日常の中で訓練できる事がたくさんある。 それを”訓練”と気づかぬようにやるのが親の力量だ。
 
そう!まさにそこやねん~~。
訓練って、やっぱり、親側からすると「こんな小さなウチから~」って感覚もあるし、子供からすると「やらなければならない事」って焦燥感も生まれる。
そしたら、上手くいかへんもんやん?「試練」になってまうねんな~~。
 
息子さんの訓練は勉強ですか~~。
うーん、親にとっても「試練」な壁ですよね。
これから何年も続く、挙句に赤の他人の「採点」付き、となると・・・、だけど、子供に自己否定を与えないように、やもんな~(汗 
 
子供って「オレはコレなら誰にも負けへん」って何かがヒトツでもあれば、(勉強の類じゃなくても 
自己否定をしにくくなると何かで読んだのですが、本人の得意な事は、勉強が出来たご褒美にせず、とにかく力一杯集中して、好きなだけって形を、いずれ私は取ろうと思ってます。
 
○○が出来ないと、○○(好きな事 も出来ない。
ってのは、理不尽やと思うし。それこそ個性の範疇で
伸ばすべき要素だと考えています。
(それが将来、ただの趣味で終わろうと、仕事に結びつこうと、それらを好きであり、集中出来る過程を大切にしたいので 
 
私も「あ、そうそう!これや!」って思うこと、多いですよ。勉強させて頂いてます~。

ママ | URL | 2009年06月25日(Thu)10:12 [EDIT]


いろどりさん

そう、頑張りすぎてしまって、自分のストレスに気付かないんですよね~~。
 
で、結果パニックって形でバクハツ!(苦笑
自分から(自発的 に感情を言う。
それが、待って~、でも、やめて~、でもいい、そこを「言えたねえ」「分った、待つよ」でも、まず、受け止めないと自発的に感情を表しにくいよな~、ってのは、分ってんけど、そこから先に、「なんかホテルって違う場所やし、怖いよ」とかね、詳細を言って欲しいねんけど・・・。
 
それは、来年の課題として、今は、自分の「嬉しい、悲しい、さびしい」の気持ちを意識して伝えてもらうえるように、やってます~。
その過程で、「見守る」って、とても大切やねんな~、と知りました。
 
口も手も、たまに足もでさえも、手出しして助けたい、って時ありますやん?それをグっと辛抱。
・・・くぅ~、親にも試練やな~(苦笑 
でも、でも、やるねん、やらなあかんねんもんな~。
いろどりさんも、グっと堪えて、っやってはるねんもん、私も頑張ります!

ママ | URL | 2009年06月25日(Thu)10:19 [EDIT]


 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。