愛ダケじゃ、育たない。

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黙秘権

療育をする理由を訊ねられたら、私は何と答えるのだろう。
 
コミュニケーションを図るため?
息子の思いを知るため?
指示入れを可能にするため?
息子が将来、困らないように?
私が、周囲が、将来困らないように?

息子にも当然、「黙っていたい時」がある。
それと同じに「ワガママを言いたい時」もある。
 
それでも人目を気にして。
パニックを止めさせたい、ピョンピョンを止めたい、オウム返しをさせたくない。
こだわりやワガママを少しでも無くし、スムーズに日常を送らせたい。
急にあげる大声や、何度言っても届かない注意や躾。
・・・それらは、全て私側の思いであって、息子にとっては。
大好きなタオルをずーっと持って、指しゃぶりを止めず、ママと一緒で。
テンションが上がればピョンピョン跳ねて、理解出来ない言葉は繰り返す。
思いをすんなり言葉で言えなければ、自分の頭を自分で叩いて表現。
コチラから見れば、
「止めてほしい」 「聞いて欲しい」 「教えて欲しい」だらけの日常であっても、
それが一番、充実した日常で、そのまま過ごす事が息子の願いかもしれないのに。
 
私は、療育は楽しい! 皆と一緒に何かが出来る事は尊い、と。
息子に刷り込みを続ける。
  
視界からの刺激や本能、障害があるが故の必要以上の緊張や不安、恐怖。
それらを、”指示に従えない子”として、より従いやすく扱いやすく・・・。
視覚から指示が入り易いなら、画像を使って。
聞き取りが苦手だからこそ、端的に具体的に、まるで”芸”を仕込むかのように。
 
好きな物、嫌いな物も言えなければ、辛いだろうと。
皆と同じ行動が取れなければ、周囲が遠ざかって行くのだと。
自分の頭を、自分の拳で叩き続けるのは、心にも痛みが伴うだろう、と。
そう信じて疑わないからこそ、息子の思いを尚、計るために。
私は療育を続けている。
 
一次強化子とは、生きていく上で必要な欲求と関係のある物を言う。
例えば、食べ物、飲み物。
他には、休憩や痛み・恐怖から逃れることもそうだ。
  
二次強化子とは、簡単に言えば褒められる事、認められる事。
これは、自閉傾向のある子供には強化子として認知しにくいことが多い。
 
そして私は、三次強化子が、絶対必要だと思っている。

生きるために必要な食べ物、飲み物 (それが息子の好物であっても ではなく。
良い行いをすれば相手に褒められる (アタリマエの社会性
それらを超えて、 褒められる認められる=自尊心 を育てる といった、
自身が自身に、意識してもしていなくても、ご褒美をあげる
ABAでは、一次強化が認められると、二次へと移行し、後に三次へ、とある。
二次、三次で反応が無くなったらすぐに、一次へ戻すように、ともある。 
確かに、その通りだと思う。
ABAで言う強化子とは、本人が望むご褒美的な物が主流だけれど、
私は、三次的なモノを与えるなら、「本人が本人を認めるモノ」としたい。
分かる部分まで戻らなければ、障害があろうがなかろうが、
ヒトはそれを”ご褒美”だとは受け取らず、望ましい行動は取れなくなる。

本能のまま、ご褒美が欲しいから指示を聞くのでは、犬と同じで、それは芸だ。
相手の言う事を聞き入れる(指示が入る =相手を大切に思う気持ち(自分以外を認知する
が、絶対条件で必要だ。
褒められる、認められるといった強化子を理解出来るなら、 (心地よいと感じるなら
(それが反応遊びの域を出ないとしても 自分を認める、自身を褒めるといった、
ある一定までの努力に報いる自身への自己評価も必要だろうと思う。
でなければ、いつまでも求められるダケ懸命に、認められるまで終わり無く、
といった、相手の望む(ご褒美を与えられる自分探しに時間を費やす日々になるだろう。
 
息子は最近、自分で自分の頭を、自分の拳で叩く。
「うぅぅぅぅ~~~~、息子ちゃん、できない子!」
「うー!うー! できない子!!」 と言いながら。
それを、どうせ同じ腹立ちであるなら、
「うー、出来る!」
「息子ちゃん、出来るから!」 といった建設的な感覚へと導き、
自身の認める諦めを伴う締め切りまでへも、本人の意識を伴い導かせたい
 
そして、それらを覚える事で、息子の将来は初めて療育をした結果として、
明るく、期待の出来る未来となるのだろう、と信じている。
それまでは、黙りたい時、ワガママを言いたい時、息子の感情全てを認めながら
指示を入れるダケの、思いを届けるダケの療育に留まらず、
伝える事で受け止めてもらえる経験を療育によって多く積ませたい。
パニックになる時やテンションが上がりすぎる時は、例え、伝え方が間違っていようとも、
息子の中に何かを伝えたい気持ちがあると信じて・・・。
 

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コメント


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ママさんこんにちは

”「止めてほしい」 「聞いて欲しい」 「教えて欲しい」だらけの日常であっても、
それが一番、充実した日常で、そのまま過ごす事が息子の願いかもしれないのに”
ホント、そうですねぇ

うちも、何度言っても同じ事の繰り返しで・・
でも、それによってまた爪噛みが倍増したり
(今爪噛みが多くて・・)

安定させようとする行動と問題行動がいつも
セットになっている感じです

なぜ、療育を受けているか・・
あまり深く考えた事ありませんでした
後半年で療育も終了なので、これを機会に
私も考えてみようかな・・
そうしたらこれからの半年、受ける事の意識が
少し変わるかもしれないですね

yocky | URL | 2009年08月31日(Mon)16:09 [EDIT]


yockyさん

こんにちは。 
そう、息子を叱る度に思うんです。
このまま、息子が「しあわせ~♥」と思う時間のまま、過ごさせてやりたいなあ、と。
けど、それじゃ本物のヒッキーになる可能性が大で。
 
関わり合う事が社会では大切って。
誰が決めたんだろ、なんてね・・・、現実も理想も分かってるつもりでも、つい思ってしまう(苦笑
 
息子は最近「出来ない子!」って自分で自分を叱責したり、頭を激しく叩いたりの自傷行為が出ています。
「出来ない事がある=ママの期待に応えられない=悪い子」の図式がある様子で、なんというか、息子の物差し(判断基準 は「私=ママ」やねん。
 
「そのままでいい」と言ってあげられない、これから息子を待ってる世界を考えると、こちらも黙秘権を行使したいような・・・(笑
 
「発達障害です」
「・・・」 って感じで(笑
 
何度言っても同じ事をするってのは、やはり何かを理解してないからだと言われます。
>安定させようとする行動と問題行動がいつも
セットになっている感じです
ウチも似た形ですが、やっぱり、こちらが安定させたい行動=本人にとっては不得手 なのかな、と。
心の基地である「お母さん」が憎まれ役になってはイケナイと思ってはいますが、誰より知ってるからこそ、の判断や指導も可能だとも思うし・・・。
 
難しいですね、ホント・・・。

ママ | URL | 2009年09月02日(Wed)11:15 [EDIT]


 

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