愛ダケじゃ、育たない。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

専門的支援と専門外支援

図書館へ、息子とよく出掛ける。
息子は鉄道関係の本目当てに (大人向けのオールカラー雑誌系
私は発達障害関連、他諸々目当て (何でも読みますので 笑
 
こちらの図書館は、設備もかなり充実しており書籍も豊富。
けれど、それ以上に。
ありがたい、と思わず手を合わせたくなるヒトコマがあった。

 
大阪でも図書館に通っていた。
転勤先の不慣れな土地では、母子で出掛ける先もそうそう、なくて。
3歳前の多動性を発揮しつつ、奇声も上げまくりの息子を遊ばせる場所もなくて。 
午前中の公園を終えると、昼寝から目覚めた息子をチャリの前カゴに乗せ出発。
たまに見つけた公園や、土手で息子を遊ばせながら、診断名もなく、
支援の手立てもなく、ただ時間の経過を待っていた頃。
 
図書館に行くと、整然と並んだ絵本と広がる開けた空間を前に、
最初の10分程度はテンションがあがる。
グルグル、ピョンピョン、ダーっと館内を走り、また子供向けのコーナーに駆け戻る。
その間、私は奇声を上げさせないよう、息子に付き添い、
「歩くよ」「小さなお声で」等と細かい指示をだし、手首を離さない。
けれど10分程度を過ぎると、目の前のきれいな絵や、目新しい図柄に。
息子は引き込まれ、集中の時間が来る。
その隙を狙って、私は大急ぎで借りたい本を漁る。
選ぶなんて優雅さは全くなく、手にとってページをめくる手間も惜しみ、
背表紙の題名、著者名、それのみでザグザグ片腕に抱える。
 
その日も。
いつもと同じように、集中の時間が来たのを確かめてから、
子供コーナーに息子を一人残し、自分の本を探しに行った。
あちこちと書棚を移動していた時間、30分程度は経過していたと思う。
何やら子供コーナーが騒がしい。
足音をさせず慌てて戻れば、息子と同年齢の幼児が2人。
幼児二人の母親は、二人共に兄弟であろう乳児を互いに連れておられて、
ハイハイ時期の下のお子さんに掛かりっきりで、上の子を全くみていない。
息子は、その上の子供達に刺激され、子供コーナーでは足らず、
靴を履き、三人で館内を賑やかに駆けていたのだろう。
私が離れた時に確認した、向きを整え揃えられていた靴ではなく、
脱ぎ飛ばしたような靴に、明らかに座敷形式のその場から降りた行動が見て取れる。
 
あれだけ念を押し、確かめて離れたのに・・・!と、腹が立ったが、
息子の特性に縛られ、午後から連れて行ける場所のなさ、
発達検査の予約待ちの期間の長さ、焦燥感や不安感。
下の子に気を取られる余裕を持つ、二人の母親への嫉妬からくる苛立ちもあった。
いつもなら1時間経過しても、絵本から目を離す事はない、だけど。
外からの刺激には弱さを見せる、その隙を付かれた感じ。
”その隙”とは言え、外で何が起こるかなんて事前に全て把握なんて、不可能で。
時折、口元に人差し指を当て、”静かに”の仕草をする母親をみて、大人しくなる二人と違い、
延々とピョンピョン、グルグル、走り回って絵本を放り投げ、嬌声をあげている息子。
その光景は、私の甘さに直結しており、自身の至らなさを痛感させられた。
 
こみ上げてくるアレコレを、ぐっと堪え、跳ね回る息子を抱え込み、靴を履かせ、
手首を掴んで引っ張って、貸出し窓口の列に並んだ。
それでも息子のテンションは上がったままで、手首を捕まれたままの息子は、
飛び跳ねて、列に並ぶ方にぶつかりながら、短い奇声を上げ始める。
そして、やっと順番が来た、と思えば、
「お母さん、ここは図書館です!静かにさせて下さい!」
と、研修生の名札を付けた若いお姉さんに一喝された、と同時に。
私の中の何かがプツっとキレた。
その場で、息子に平手でビンタを張り、館内へ怒声を響かせた。
「何回言うたら、分かんねん!本のお家(図書館 では静かに!やろが!!」
「ええ加減にしいや!!」
息子は私の掌によって、列から弾き飛ばされ敷かれたカーペットの上に倒れたまま。
館内は水を打ったように静まり返り、一斉が刺す様な視線で私を非難していた。
若い研修生に向き直って、
「ご迷惑、お掛けしました」 と言うのと同時に、息子の叫び声。
 
その後は、どうやって本を借りたのか、どうやって息子を黙らせたのか。
どうやって自宅まで帰ったのか、その殆ど覚えておらず、ただ。
息子の赤く腫れ上がった頬に、水に浸した冷たいタオルを当てた記憶が残る。
 
こちらの図書館では、本の他にDVD・CDとかなりの種類の貸出しをしており、
DVDに至っては座って観られる席が用意され、1人掛け、2人掛け、3人掛けとある。
私は館内でのみ視聴可能なDVDをレンタルし、2人掛けの席を予約し、
息子に「ママ、ご本借りてくるから、観ながら待っててね」 と声掛けをする。
息子がお気に入りのタオルを片手に持ち小さく頷けば、それが集中の合図。
 
いつものように、「DVDが終わるまで」の約束を交わし、席を立った。
が、20分程度で遠くから微かに「ママー?」の声。
大阪での私の失態からなる息子の腫れた頬の熱さが鮮やかに蘇る。
足早に本棚と本棚の隙間を縫いながら、飛ぶように歩き、声の主を確かめる。
分かる事が増えた息子とは、館内の入り口で
「歩く・小さな声で」を必ず約束させ2回復唱させてから、図書館の自動ドアを入る。
大阪で掌の痛さから学んだ、私なりの私と息子との固い約束だ。
かなり広い館内を縦横無尽に競歩さながら、見つけた小さな声の主は、やはり息子。
 
固い約束が功を奏したのか、他の閲覧者の迷惑にならない小さな声で、
通路をゆっくり歩いて私を探していた息子。
「どないしたん?」「もう、終わったんか?」と聞く私に。
「・・・、あのビデオな、オバケが出てきたからー」と目を潤ませ説明する。
「そか、ほんならオシマイしよか、ほなお席に・・」と戻り掛けた時。
隣の本棚から、こちらを伺っていた人物が心底「ほっ」とした顔で頬を緩ませた。 
息子の手を引きながら内心は、
「ああ、また知らない人に迷惑かけてしもた」「ホンマ、すみません」であったが。
その人物が足取りも軽く戻られた席は、カウンター内の貸出し窓口であった。
「ママー」と小さな声で私を探す息子を心配して下さったのだ、とその時は。
申し訳なさと有り難さで軽い会釈だけでそそくさと、館外に出たが。
その後、何度か通う間に、カウンター内の何名かは、
どうやら特に息子に注意を払っておられる様子がみてとれる。
 
言葉で直接交わされた約束事ではなく、目立って優遇された事もない。
けれど、いつもカウンター前を息子の手をひき通り過ぎる時、
以前、息子の後からついて来られていた人物が、必ず息子に合図をされている。
それは、管理用のパソコン画面から少し目を離した際の微笑みであったり、
蔵書検索の際の時間が待てない息子に、さっと紙とペンを息子の前に差し出し、
「はい、ここにお絵かきしていいよ」の一言にある。
 
以前、発達障害の関連図書の検索をお願いした時に、
「ここはワリと充実した書籍がありますが、購入も可能ですので、
 何かご入用でしたら、遠慮なくお申し出下さいね」の言葉にも感じられた事だ。
 
人は障害のある我が子に    
特別な支援を、と口々に言うが、試行錯誤しながら育てている私には。
特別でなくとも、表立っていなくとも。
小さな声で私を探す息子に声を掛けるでなく、留めるでなく、
息子の歩調に合わせそっと後ろから見守りながら館内をついて歩いて下さっていた、
見えない支援の方が、ありがたかった。
「静かにさせて下さい」と当然、静かにさせようと苦心している相手にいうより、
さっと差し出された紙とペンの方が、何倍もの助言と支援になる事を知った。
 
専門外の支援とは状況把握と自己分析から成り立つ。
「今どういった背景か」
「今何が出来る自分か」
私は一人じゃない、   いつも誰かに支えられている。
 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ いつも応援ありがとうございます。

関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

周りの人

遅ればせながら、今年もお邪魔させていただきましたv-22
>「お母さん、ここは図書館です!静かにさせて下さい!」
この言葉、もし私がママさんの立場だったら、とてもへこみます…。
同じような状況でも、周囲の対応によって、ずいぶん救われますね。
見習いたいです。

ご報告:諸事情により、支援士になることをあきらめました。幼馴染が発達障害だと最近診断さていたことを知りました。10年以上、躁鬱と言われて苦しんでいました。私が彼女のために力になれること…たぶん支援ではなく、友達なんじゃないかと思ったのも大きな動機です。

なみい | URL | 2010年01月22日(Fri)01:21 [EDIT]


本当にそうですね

ウチも図書館によく行きます。図書館ではまだ暴れたり

叫んだりはないですが決まって貸し出しの所の人形を

触りまくる(笑)いつも微笑ましい顔で見守って

くださるのですが、買い物先での癇癪時の周囲の

冷ややかな目とぼそっという一言にいつも疲れてしまう

のですが、先日の店員さんのさりげない対応は本当に

心休まり助けられました。

ただ暴れ、叫ぶ子を「何あの子。ウルサイ。しつけが

なってない」でかたずけるのではなく「どうしたん

やろ?」とまず疑問に感じてくれたら対応も変わるやろ

うし、子どもたちも勿論私達も過ごしやすいのにね。

でもちゃんと分かる人にはわかってるし支えられてる。

勿論社会に順応できるよう育てるのも大切なんやけど

十分今出来ることは出来ているんじゃないかな?

とちょっと自分で自分を甘やかしています。

でもそうでもしないと身が持ちません(笑)

頑張りましょう。

いろどりママ | URL | 2010年01月22日(Fri)10:09 [EDIT]


こんばんは!

良い図書館ですね
職員で知識がある人がいるとか
研修の中で話があったりするのでしょうか・・

息子も小さい頃は買い物に連れて行くのが
本当に辛い時期がありました。
何も買えずに帰る事もしょっちゅうで・・
他の買い物客の視線が痛かったです。
場所によっても違ったりがあるんですよね
図書館は怖くて連れて行ったことがなかったですよ。
今はどこでも大丈夫ですが
魔の2歳の下の子に手をやいています。

温かいまなざしと
そっと差し出される支援で
息子さんもママさんも安心して
通える場所があって嬉しいですね。

yocky | URL | 2010年01月22日(Fri)22:34 [EDIT]


なみいさん

そうです!
「発達に遅れのある子の親」は意識して、または意識せずとも常に、
その子を支えてる精神状態にあります。
なので、そういった周囲の対応により、その親が意識してない状況下で、
支えられる現状は多く在るのでは?と思って書かせて頂きました。
 
> ご報告:諸事情により、支援士になることをあきらめました。幼馴染が発達障害だと最近診断さていたことを知りました。10年以上、躁鬱と言われて苦しんでいました。私が彼女のために力になれること…たぶん支援ではなく、友達なんじゃないかと思ったのも大きな動機です。
 
なみいさんの決断が正しいのかどうか、といった判断は私には出来ません。
ですが、私がなみいさんのお友達なら、とても嬉しいと思います。
支援のプロで側に居てくれるより、
「障害のある私そのままを受け容れてくれる”友人”」の方が、
何倍も心強いし、生きていく支えになるのは想像がつくからです。
 
本当の友人とは一体何を指すのでしょうね?
人によってその基準は違うでしょうが、私は、
互いに依存し合うのではなく、共存しつつ互いが人生の支えになれる関係が
一番望ましいと考えています。まずそれには主観から成り立つ「物差し」の
長さを考えながら、お付き合いの距離も計りながら・・・と考えています。
難しいですが、なみいさんとご友人のがより良い関係となられるよう、
互いに頑張れたら、いいですよね!

ママ | URL | 2010年01月27日(Wed)10:34 [EDIT]


いろどりママさん

>買い物先での癇癪時の周囲の
冷ややかな目とぼそっという一言にいつも疲れてしまう
 
本当に、そやね~。
客観的に「あの子、うるさいなー」と感じるよりもまず、
相手の立場に添って「どないしたんやろ?」ってね。
人にして欲しかったら、まず自分からや、と思うねんけど、
こればっかりは、私も、つい甘えてまうねん(笑 
 
はい、そやね、お互い頑張りましょう~~。

ママ | URL | 2010年01月27日(Wed)10:37 [EDIT]


yockyさん


> 良い図書館ですね
> 職員で知識がある人がいるとか
> 研修の中で話があったりするのでしょうか・・

そやね、最近は公的な場所で勤務される方は、そういった
不特定多数と接するワケやし、そんな研修があっても良いよね。
だけど、私は研修なんかなくても、知識がなくても、
状況を判断ってのは、各個人個人で可能やと思っていて、
その上で、背景を全く知らなくても、(発達障害がある、とかね
「今、自分が何が出来るかなあ」と誰かのために立ち止まってみる、
って行為も可能やと思ってます。
 
発達障害かもしれへん、と思って声を掛けない、掛けるではなく、
「あの子、ママーって言うてるな~」「ママにちゃんと会えるかな」の
助けての声を逃さない、その気持ちと、実際に動く行動力があれば、
容易い事だ、とも思います。
もちろん、背後から歩調を合わせ何気なくついて歩いて下さった配慮には、
頭が下がります。普通なら「ママ、居てないなら一緒に探そうか」等の声掛けを
されるのがアタリマエやと思うから。
だけど、そこでワンクッション置いて「見守る時間」を作って下さった事により
息子はパニックにもならず、私に合えたワケで。
当然、私もそれ以上、肩身の狭い思いをする事なく・・・。
 
「迷子やな、ほな探したろ」ソッコーで声を掛ける。
それは「対処」であって、それも迅速で必要な支えです。
だけど、「見守る時間」を作って下さった配慮によって、私達親子は
これからも通える場所を減らさずに・・・の未来を得られたと思うねん。
 
私もね、見習わなあかんなーと、思ったよ。
息子に対しても、やっぱ「見守る時間=観察時間」ってね、
めっちゃ大事やねんな、と。
 
下のお子さんに手を焼いておられるとか。
頭下げながら、ね、胸張れる親やっていこや~!
通える場所をたくさん作ろうなー!

ママ | URL | 2010年01月27日(Wed)10:51 [EDIT]


はじめまして

はじめまして。

こちらのブログは、更新の度に拝見しています。
これまでの記事も共感できるものばかりで、
うなづいたり、感動したりしながら読んでいました。

今回の記事は、号泣しました。
本当にそう思います…!
あとは、もう言葉にならないほどです。

文章にしてくださり、ありがとうございます。
これからも、応援していきます。

はるはろ | URL | 2010年01月29日(Fri)23:37 [EDIT]


はるはろさん

こちらこそ、初めまして!
ご訪問とコメントをありがとうございます。 
 
文才がなく、特に辛い思いを活字にするのは難しく、
毎回、四苦八苦しながら・・・の更新です。
ですので、更新頻度も少ないブログなのですが、
言葉に出来ない想い、だけど分って欲しいの気持ちを
もっと大勢の方に伝えられたら、と書き進めています。
 
見た目で分からない「困った」を抱える子の親である事の辛さや頑張り、
また逆に愛おしさや、幸福感、不安や恐れ。
何がが欠けても、それは私達の気持ちの側面でしかなく、
それぞれの思いにはそれぞれの深さもまた伴われていると思っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

ママ | URL | 2010年02月01日(Mon)09:43 [EDIT]


素敵なお話をありがとうございます~。
こちらに悟られないようなさりげない気遣いって、本当に感激しますよね・・・育児していく上での大きな支えになります。
そして、今は我が子でいっぱいいっぱいの自分ですが、見習いたい姿勢であります。
本当の意味での理解と支援ですね。
私まで、そこの図書館員の方々に感謝状を出したい気持ちになりました。

なかさん☆ | URL | 2010年02月05日(Fri)14:17 [EDIT]


なかさん☆

こんにちは~。
> こちらに悟られないようなさりげない気遣い。
 
そう、それが今回すごく有り難かったです。
最初は全く気付かず、子どもに愛想の良い方達やな、と。
でも、ソレくらいの愛想なら大阪でメイッパイ受けてますんで(笑
大して気に留めなかったんやけど、よくよく観察?すると・・・。
愛想と支援の差にやっと気付いたっちゅー話ですわ~。
  
> 私まで、そこの図書館員の方々に感謝状を出したい気持ちになりました。
 
ホント、そやね、私もそう思ってます!

ママ | URL | 2010年02月10日(Wed)09:43 [EDIT]


思い出しました

はじめてコメントします。
発達障害をもつ小学校4年生の母です。
図書館の記事を読んでいて
御苦労されたこと、母子で努力されたことに
胸があつくなりました。
以前私も親子でパン屋に行った時のこと、
なぜか息子が突然店内でパニックになり
私が手に持っていたパンのトレイを叩き落としたことを
思い出しました。
私も意味も分からず、かっとなりお店の外で
げんこつで何度もたたいてしまいました。
通りがかりの若い女性にお母さん叩かないでと
諭されました。
多動性がなかったこと、言語に遅れがなかったことから
療育が遅くなり、3年生になるまで息子を放置したことで
随分かわいそうなことをしました。
私もずいぶん叩いたり蹴ったりとひどい母でした。
そんな私に比べて素晴らしいお母様でいらっしゃいますね。
最近更新されていませんが、良かったら近況を教えてくださるとうれしいです。
我が子もいろんな面で成長しました。
私も頑張って成長します。
長文失礼しました。

花音 | URL | 2012年12月18日(Tue)10:29 [EDIT]


花音さん

初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
 
花音さんも私と同じで、きっと多くの努力をされておられるのでしょうね。
ですが、療育を始められたのなら、これから、です。
 
お子さんが療育を受けるだけでは、なかなか発達しません。
母も一緒に成長せねば、子の発達も掬い上げてやれない、
認めてやれない、気付いてやれないのが療育です。
 
気付いてやれないってことは、認めてないのと同じだと考えています。
そして、今日出来なかったって事は、明日出来るようになる可能性だ、とも。

 
手をあげられたこと、手をあげてしまったこと、その記憶は決して、
親も子も消えるものではないだろう、と思っています。
だからこそ、母子の絆を作っていきたい、とも考えています。
 
私は決して、素晴らしい母親なんかではないですよ。
いっつもね、葛藤です。
世間の目とか、学校やら行政やら医療やら、夫婦間。
自分のポジショニングすら、よく分かってなくて。
様々な温度差に、揉まれながら必死です。
そうして、親になってる最中なんやろなあ、って思っています。
 
守りたいものが出来て、初めて人は「人」になるんちゃうか?ってぐらい(笑
守りたいものは、人それぞれだけれど、それがあって初めて、成長かなと。
 
ぼちぼち、行きましょう~、先は長いですから!
お互いに、ぼちぼち、で!(笑 

ママ | URL | 2013年01月10日(Thu)01:05 [EDIT]


はじめまして。

長男、長女とも自閉症すペクトラムの子を持つ母です。
長男はチックから始まり小1の時に、長女は睡眠障害、言葉の遅れを相談し、検査をして年中の時に診断されました。
こちらのブログにたどりついたのも、自閉症すペクトラムについて、療育をするにあたりいろいろ調べていてたどりつきました。本当に周りの人のちょっとした言葉で本人も親も傷ついたり悩んだり苦しんだり。
今回のブログを読んで号泣してしまいました。
ママさんの気持ちがわかるぶん、
長男は三歳のころ、どうしてもソフトクリームを買ってほしくて癇癪を起すというより通路に大の字になってむすっとした顔で全く動きもせず反抗していたのを思い出しました。
周囲の人はびっくりした顔で通り過ぎていきましたが一人のおじさんに「おー頑張れ頑張れ」と言われましたが、そのくらいの心の余裕がないといけないなと勉強になりました。
そんな長男も小3、長女は年長です。
長女は療育を始める一歩がやっとふみだせれました。
こちらのブログのどこかのコメントにありました「ぐるぐるめろん島」です。
こちらのブログ、私の心の支えになりました。
焦らず頑張っていきます。

ヒロ | URL | 2013年05月08日(Wed)10:28 [EDIT]


ヒロさん

初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございました。

周囲の人はびっくりした顔で通り過ぎていきましたが一人のおじさんに「おー頑張れ頑張れ」と言われましたが、そのくらいの心の余裕がないといけないなと勉強になりました。
 
頑張っておられるのですね~。
そうですね、全く見も知らない方に、癇癪を起こしている時、道路工事されていた休憩中のオジサンにあめちゃんをもらったり、バスの中でご一緒していたダケのオバちゃんにみかんをもらったり、と息子の機嫌を取る形をもって、私も多くの方に助けられて、今があります。

> 長女は療育を始める一歩がやっとふみだせれました。

やっと、一歩からが親にとっては踏ん張り時かなと思っています。
診断名がついたから、といって安心する部分もありますが、その診断名は子どもを育ててはくれません。
診断をもらう、というのはレッテルを貼るように感じていた時期もあったりして、親は診断名に基づいた育て方を模索していく始まりです。
 
> 焦らず頑張っていきます。
 
そう、何より一番は”焦らず”ですよね!
私も焦らず、冷静に、だけど心の奥深くでは、溢れる愛情を糧に育ててますよ。
私の子で、私しか、この子の母親はいてないんやからと。
自分で意識せずとも、自然にお子さんに添った療育を行えるといいですよね~。
お互い、頑張りましょうね。

ママ | URL | 2013年05月10日(Fri)08:49 [EDIT]


 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。