愛ダケじゃ、育たない。

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息子に必要な”トークン”ご褒美

ABA方式で療育を続けていて、私は ”トークン=ご褒美”の壁で悩む。
息子にとっての強化子になるご褒美は、何だろう。
 
療育先の先生や書籍には、「子どもが喜ぶもの」とあり、
何かが出来る(達成 毎に、シールを貼り、シールが貯まれば(ポイント 
本人の好きなゲームの時間でも、食べ物でも、映画やDVDでもいい。
何でも良いので、”出来た=ご褒美”に結びつくよう、指導して下さい、とある。
 
そこで、私はいつもいつも、自分に問う。

私のトークンに対する基本的な考え方は、黙秘権 を読んで欲しい。
 
そして、やっぱり考えたい。
例えば、映画をご褒美として与える場合、ゲームの時間を与える場合。
何かをトークン(ご褒美)として与えるなら、”トークン以外で与えないで”というのも悩む理由になっている。 
出来たらご褒美だけど、出来なかったら、ご褒美はナシって事。
それって、子どもにとって、頑張った本人にとってどうなんだろう・・・と思ってしまう。
 
映画に行く、マクドに行く、ゲームする・・・などなど、確かに子どもにとっては、
楽しい時間で、与えると際限なく欲するだろう、とは思う。 
でも、出来なければ、そのお楽しみ時間は、”もらえない”事になる。
懸命にやってもマスター(監督・指示する人 のオッケーが出なければ、ナシ。
例えば、本人にとっては難易度の高い設定を求められた時、(生活習慣の範疇ででも、
スキルはあっても、理解が難しい場合、いつまで経っても、ご褒美はもらえない。
その頑張った分の、ストレスってどこで発散するんだろう、と思ってしまう。

家庭内療育でABAをするなら、大概は素人が(親が 観察して判断して指示出すんやから、
間違いや思い違い、観察不足もあって当然だろうし、親の欲目って言葉もあるように、
どんなに”低い目標設定で”と指導を受けたにしても、難しいと思う、親って”人”やねんから。
いや、親だからこそ、かな。
○○療法士って人は、やはり勉強しておられて、訓練もされておられる。
んで、他人の子の指導だからこそ、可能なように思う。
要するに、理解と経験があって、それを活かせる心情的、感情的基盤(冷静さ 
も療法士さんには、あるワケやね。
親なんて、知識も理解もおぼついてない状況で、心情的・感情的起因は(情熱さ 
我が子に対して、そこだけバンバンあるワケで・・・。
 
第一、トークン(ご褒美 って何やろ。
子どもが喜ぶことなら何でも良いです、と指導を受けたけど、
子どもが喜ぶこと=親が嬉しいことちゃうんやろか?
子どもと映画を一緒に観る、これも子どもも嬉しいやろなあ、画面いっぱいに好きな画像。
ポップコーンを食べながら、ハラハラドキドキ、たまにはホロリ。
それって、そんな風に楽しんでる子どもを見る親への、ご褒美やんなあ。
 
一時間のゲーム時間にしたって、ゲームをやりたいからお手伝いをする(生活スキルを上げる
のを当然としていたら、なんだか本末転倒な気がしてる。
成人してから自由な時間(自分で時間配分が可能 な年齢になると、
やりたくない、出来ないお手伝い(自分の生活のための手間)って端折ってしまう気がする。
通学している間だけは、「やりたくない」=「でもやらなきゃ」って図式は成立するけど、
社会に出ると、もっと多くの「やりたくない」は存在するのに、「やっても認められない」
努力の甲斐なく・・・、てな場面の方が遥かに多いのに。

出来た(達成感=必ず貰えるトークン(ご褒美 
を今から刷り込んでいいのかどうか、と思ってしまう。
 
嫌な事を労働とすれば、その対価は報酬として支払われる。
けれど、その報酬は常に自己を満足させられるものとは限らず、
現に、今、この社会においても、
「上司が正当な評価をしてくれない、世の中が自分を正当に扱ってくれない」などという
オレ様が多く、間違った自己評価の認識が出来ず、ドロップアウトしている人も多い。
 
自分にとって嫌な事、苦手な事をした=周囲からの評価が上がる ではなく(これは自己中
周囲にとって良いこと、周囲が喜ぶ何か=自身が自身を評価、としたい。
それは自己満足かもしれないし、損する選択かもしれないけれど、
自己肯定感は高まるはずで、誇りやプライドといった、次に繋がる何かを得られる。
周囲が喜ぶこと=自分がイヤなこと、という選択の場合もあるけれど、
自分がイヤなことをして、トークンをもらうのではなく、
誰かが喜ぶことをしたから、ご褒美をもらえた、という意識を入れたい
また、喜んでもらえると思ったのに・・・、といった社会性も取り入れたい。
 
社会って現実にそう形成されている。
  
世の中は、譲歩や駆け引きで成り立っているのではなく、(無論そういった場面も必要だけど
譲歩と似ているけど全く異なる、思いやりと、
駆け引きに似ているけど、これも異なる、期待と失望を知って欲しい。
 
就きたい職業に就けなくても、なりたい自分を肯定しながら、
心の貯金を増やして、心豊かなお金持ちになって欲しい。
そのためのトークンでご褒美であって欲しい。
 
喜びというものは、与えられるものだけではなく、自らの感性によって
創られる、得られる、感じられるものだから。
 
息子が将来、自身に課した何かに押しつぶされないように。
自分へ自分で、ご褒美を与えられるように。
目先のギブ&テイクだけに囚われぬように、考えている。
 
 

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ご褒美

コーチをしています、行動分析学を学んでいてここに来ました。現実社会は思うように行かない?

読んでいてそううそうなるほどと思います、親であるが故思い悩みます。日々関わる時間が多いので大変です。
結果に焦点を当てずに、行動に焦点を当ててみてはどうでしょうか?

行動を起こさせるためには動機がいります。そのためのご褒美のようですが、出来なくてもOKできれば更にOKの基本姿勢だと思いますが。結果がでることがいいこと?
行動を起こすことがいいこと?

学んでいる中で、
人生には成功と学びしかないと言うことを知りました。そう考えられるようにしていきたいと努めています。(いつもそうは出来ていませんが)

何事でもそうですが、信頼関係があってこそご褒美が嬉しいのであって、ただ誰がくれるご褒美でも嬉しいわけではないと思います。いかがでしょうか?
タイミングもあります。ご褒美は物質(ゲームやお菓子)、なにか好きなことををする時間だけではなくもっと柔軟に考えてみればどうでしょう。

お母さんの言葉や励ましが最も力をもつトークンではないかと思います、(行動分析学の実務家 石田淳)と言う人の本を一度手に取られてはいかがでしょうか?

コーチングでは答えはその人の中にあると考えています。優れたコーチはクライアントが信じる以上にクライアントの可能性を信じています。少しでも参考になれば嬉しいのですが。

aepapa | URL | 2010年09月07日(Tue)09:03 [EDIT]


aepapaさん

こんばんは、初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございます。

アドバイスをありがとうございます。
ですが、拙い文章ではありますが、この記事を読まれて、のコメントでしょうか?
今回、この記事を書くにあたり、過去記事に療育とそれに対する思いや、親の想いも書いて
ありますが、それらはお読みになっておられないのでしょうか?
 
信頼関係があってこそ、のご褒美と書かれておられますが、
記事内の 軽度の場合の訓練と試練 他を読んでおられますか?
私は常々、母親の嬉しい顔が子供にとっての一番のご褒美だ、と書いてきたつもりです。
そして、もっとトークンについて柔軟な考えを持ちましょうと、
活字にこそはしていませんが、素人なりに解釈を進めてきたつもりです。
 
そして、また。
信頼関係がなくてもご褒美が嬉しい、といったパターンもあるのです。
感情論だけでは追いつかなくなる日が、いつか必ず来るのです。
私は、ABAだけが療育だとは思っておりません。
他の多くも育児に応用可能な方式ですし、ご褒美だけの成果主義でもありません。
 
行動分析学を専門に学んではいませんが、育てていれば分かることです。
行動を観察すること。子供の中の答えを探し続けて、療育をしております。
また、私は優れたコーチではなく、この子の親になりたいのです。
子の可能性を信じるからこそ、私たちは迷い悩み、闘っています。
 
現実社会はホント、思うようにはいきません。



 


ママ | URL | 2010年09月09日(Thu)22:03 [EDIT]


 

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