愛ダケじゃ、育たない。

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就学と投薬 1

就学を来春に控えた、夏。
私は焦りと不安で、かなりヒートアップ。
 
連日の熱帯夜のせいもあって、夜通し睡眠が浅い。
1時間置きには目が覚めて、就学に向けての発達テストの結果を告げる、
医師の言葉を繰り返し、反芻している。
 


 
「テストの結果では、異常は認められない」との言葉が。
幼い頃からの療育の賜物なのか、最初の診断が「間違い」であったのか。
自宅でやっている我流育児のお陰なのか、息子の発達そのものの追いつきなのか。
素人の私には判断もつかず、理解も出来ず、納得いかない。
 
息子は確かに育てにくい子供であった。
あれ?育児書と違う?と感じる違和感、ベビーフードを一切受け付けぬ息子の離乳食作り、
抱いていなければ、常にグズり続ける日常・・・、それら全ては診断がなければ、
育てきれぬ、庇いきれぬ、自身の育ちの毎日。
 
テスト結果は、全てが(粗大運動を除く 平均以上で、医師の言葉を借りれば、
「大変、本当に大変優秀ですよ、お母さん!」である。
けれど、結果からは見えない日常生活を話す私に、
「・・・、投薬といった考え方もありますよ」と告げる。
 
テストは概ね、検査者と本人の一対一で行われるので、息子の衝動性や他動性が図りにくい。
軽度ではあっても、目の前に次々出される検査用具に興味を示し、
「手はひざの上にね」の指示など入らず、検査者が机上に出した用具、
床上に収納されている用具にまで、次々と興味が転移し、何とか触ろうと手を伸ばす。
検査を始める前、始まってから5分後、その後30分程度、と三回注意を促がされたが。
その一瞬は、机の下のひざの上に引っ込む手であっても、また一瞬で机上に戻る。
 
要するに、待てないのだ。
具体的な指示の理解(手はひざの上で待つ があっても、衝動性(本能 が抑えられない。
検査者には、その衝動性や他動性が見て取れるとしても、検査結果のペーパーだけでは、
行動観察を直視していない医師には詳細が伝わらない。
発達検査をすると、いつもそうなのだ。
 
「優秀すぎるくらい優秀ですよ」
「大変賢いお子さんです」などと言う、安心と期待を与えられる言葉の後には、
 
「ですが・・・、少しこの箇所が苦手な様子ですね」
「理解もスキルも相当高いのですが・・・、右と左は毎回、分かりませんか?」
「カードでなら示せるのですが、・・・語彙が少ない様子です」
などと、必ず何か指摘をされる。
息子は発達検査を2歳8ヶ月から合計で6回受けており、5歳5ヶ月の現在での
合計とすれば多い経験だと思うが、これには転勤という理由がある。
いつも同じ検査形式ではなく、そのどれもに高い指数を出している。
この夏の検査結果で就学を考えようと思っていたので、
今回は、「やはり・・・」と思う発達障害の有無と、療育の限界を知った。
 
軽度である場合は幼い頃からの療育が最善とされ、早期介入を試み、
親が日常の中でも療育を取り入れ、試行錯誤して現在に至っているが、
一対一なら通常に行える、聞き取れる指示も、集団になるとその殆どが入らない。
環境の変化に弱く、テンションが上がりやすく不安感が多い。
見通し(予測 が出来ないと感情が不安定であり、ワガママに見える。
相手の話を最後まで聞けず、分からないの言葉がなかなか使えない。
独り言も多く、共有遊びより並行遊びを好み、否定形でモノを尋ねる。
 
投薬の前に、やるべきことを3年近くかけて全てやった自負はある。
やっていないことは、室内の構造化と画像での指示と、漢方。
これらをしなかった理由はヒトツ。
社会は構造化されておらず、世間様は画像で指示を与えず、
漢方の効果は息子の成長と比例するのかどうか不明であったから。
要するに軽度ならいつ、いかなる相手と場所であっても、
場面に合わせる必要性を学ばせたかった。
  
療育のゴールは就職するまでだ、と聞いたことがある。
けれど息子の人生を考えるとき、ゴールは就職ではない
自活も結婚も、人生の長さで計れば、それらは全て付属品だ。
膨大な知識があるなら、それを活かし教養として使えて初めて、ご飯が食べられる。
群を抜く着眼点と疑問力、高い理解力と思考したい欲求があるなら、それを、
どう考え、どう活かし調べるか、などなど。
 
就職が出来たとしても、会社とトラブル続きなのは、自己評価が間違っている。
社会に出れば、自己肯定感だとか構造化だとか見通しだとか、そんな事は与えられない。
長い物に巻かれるのがイヤなら自営を選べば良いし、選べぬなら巻かれるしかない。
そうやって、皆、今日の糧を得て、明日へ繋ぐ。
それに気付ける能力や客観性を備えていなければ、社会での自活は大変難しい。
それは軽度であれば、あるほどに
 
 
「診断名を付けますか?」そう問われた時。
年少の頃とは違い、即座に「お願いします」とは言えない母親がいた。
それらは、私の親としての決算も含まれている返答で、
尚且つ、息子の将来に続く社会の始発点でもあるからだ。
無論、就学してからの年月の方が長いのは分かっている。
そして今までの息子の発達を冷静に振り返れば、決して平坦ではないことも。
だからこそ、の投薬であろうし、その必要性も少なからず認めている。
 
けれど、様々な思いを抱えている今の私には、
安易に診断名をつけて、前向きな気持ちで投薬を・・・とはどうしても思えない。 
 
今、困っているのが現実だとしても。
それを越えたところで、生き抜かなければならないのも現実。
そのパイプ役を務めるのが、薬だとはどうしても考えられず迷っている。
 
 

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コメント


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親の覚悟なんだもんね

小学校の就学問題ってのは、結局親の覚悟を問われるものだと思います。
もっと成長してくれば、子供の視点や意見を尊重してやれるけれどね・・・。

はいー、うちも真っ盛りで鬱がプチ復活するほど悩み中(苦笑)。
今日担任との面談で、「就学委員会からの検討通知が今週か来週かに来ると思いますが」と言われ、息子の場合は検査結果が良かったので、支援級に入らない可能性もあるなんて言われて「どひゃー!」でした。
親は特別支援校への進学を真剣に検討してるっちゅうのに・・・。
ペーパーテストはできてしまう。
でも日常の学校生活はそういうわけにはいかんのよね、いかんのよ。
普通級なんて確実にムリ。それだけは断言できる・・・。
定型児にはついていけそうになく、障害の枠にも入りきらない。ほんとにちょうどボーダーラインの我が息子を見て、まだうじうじうだうだ暑苦しく悩む日々が続きそうです。
愚痴ですいません・・・。

なかさん☆ | URL | 2010年09月06日(Mon)17:28 [EDIT]


なかさん☆

こんばんは。
いつもコメントをありがとうございます。
そしていつも、遅いレスでごめんなさい。

> 小学校の就学問題ってのは、結局親の覚悟を問われるものだと思います。
> もっと成長してくれば、子供の視点や意見を尊重してやれるけれどね・・・。
 
そう、まさにソコで迷ってんねん。
子供のためって箇所を一番に思うと、ホンマ”そのまま”で何が悪いんやろ、と思ってしまう。
現実には、聞き取りが悪いだとか注意力散漫で授業についていかれへん、て箇所があるんだけど、
そこをすっとばして、”適応できないから、薬で集団にあわせる”って意味合いを
深く捕らえてしまうねん。


> ペーパーテストはできてしまう。
> でも日常の学校生活はそういうわけにはいかんのよね、いかんのよ。

そそそそ、ほんでも、ホント点数に表れないことの方が、わりと社会では重要視やし、
そこできないと、完全に落ちこぼれるであろう可能性大やのに、
支援は難しいです、と断言される。
 
> 定型児にはついていけそうになく、障害の枠にも入りきらない。
 
そう、同じく、こういったタイプの受け皿は、どうなってんねん!と思う。
もう、血沸き肉躍らせるイキオイで(苦笑
せやから、学級崩壊だの担任長期欠席だのになんねんちゃうの?って。
教育の質を語るなら、なんつーか、医療と連携なんて言わず、
医療両立で、ってやって欲しいし、発達障害の支援そのもののスペシャリストが
なんなら、副担任になってくれてヨシと思うねん。
(一クラス、二人くらい常時ね。
 
> 愚痴ですいません・・・。
いえいえ、私の方こそ、まとまらない文章にコメントありがとうございます。
ホンマ、愚痴りたくもなるって、ねぇ!
ナンボでも聞きまっせ?言うて楽になることも多いしな~。
行き場ない愚痴、結構多いですもんね!

ママ | URL | 2010年09月09日(Thu)21:36 [EDIT]


はじめまして

いよいよ思い悩まれる時期ですね。

診断名・・・うちの息子は11歳の今も正式には取っていません。
その診断に親がとらわれるのがいやだったので逃げました。

療育手帳・・・こちらは就学にあわせて取りました。十度自閉症(ぢんだんと羅なくても周知の事実という謎)の子供なので福祉なしでは生きていけないからですが。

投薬・・・息子の投薬は9歳からです、本当に努力では改善できない多動、睡眠障害を和らげるために使い11歳の今減らしていく方向に向かっています。
投薬には抵抗がありましたが内に限れば花瓶や不安がかなラシャ笑いだのでもう少し早く始めてもよかったかなと思います。
一度飲んだら一生、ではなく本人の成長に合わせ抜いていけば言い訳なので。

我慢できない、待てないというのが本人のわがままでなく器質から来ているような場合は信頼できる医師の指導の下で適切な服薬もそう悪いことではないようですよ。

じろう | URL | 2010年09月23日(Thu)11:10 [EDIT]


じろうさん

ご訪問とコメントをありがとうございます。
大変遅い返信になってしまい申し訳ありません。
 
> 一度飲んだら一生、ではなく本人の成長に合わせ抜いていけば言い訳なので。
> 我慢できない、待てないというのが本人のわがままでなく器質から来ているような場合は信頼できる医師の指導の下で適切な服薬もそう悪いことではないようですよ。
 

本人の成長しだいで、落ち着けば飲まなくて良い、と医師にも言われていますが、
投薬の経験から、親の私の見立てで、息子が少しはしゃいだ程度でも、
「飲んでないからかな」などと思ってしまいそうで・・・(汗
 
そして、小学校に入ると同時に療育の場からは遠ざかってしまうシステムなので、
医師には一年に一度くらいの定期的な診察を・・・程度な話はあるけれど。
長期的に見て、特性が原因で集団に入れるかどうかの見分けもつきにくく、
飲ませる事に意味があるのかなあ、なんて考えています。
 
診断名がなくても、薬って飲ませられることになんだか驚いています!

ママ | URL | 2010年10月12日(Tue)12:24 [EDIT]


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| | 2010年10月13日(Wed)11:56 [EDIT]


 

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