愛ダケじゃ、育たない。

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環境変化 息子の場合

昨春、就学して。
やっとやっとでピカピカの一年生になった息子。
 
「行ってきまーす」の声を合図に、門扉前まで見送りに出る私を。
振り向きもせず、背中で楽しそうに揺れるランドセルをお供に駆け出す朝。
「ただいま!」の声質も安定し、時折、インターホンから「宅急便です」とふざけてご帰還。
 
ここまで来るには。
積み重ねて、積み重ねて。
だけど時折、それを崩す選択を強いられながら。
積み上げてきたあれこれを。
 
転勤の名目で、また、崩さなければならない。



就学前、園の担任とのサポートブック作りから、園長先生の学校への支援依頼。
また幼稚園時代から心掛けた、絵カードで確認しながらの朝のお支度、就寝前のテレビオフ時間。
お友達との関わりを学んだSSTや、何度も何度も親子で通った通学路。
「ここは、危ないかな?」「…危ない?」「川に入るとどうなるかな?」「流れちゃうな?」
通学を取り巻く環境への細かい注意から、道草しながら帰って来るとママが心配するよ。
に至る促しまで、ほぼ初めての一人歩きを想定しながらのアレコレ。
 
一からまたそれらを積み上げる。
 
「新しい学校は、黄色い帽子で行くねんて~、よく目立つからカッコ良いよね」
「黄色、イヤかな・・・、一年生の時の帽子は捨てる?」
「えー、雨の日でも遠くからでも、あ、小学生が居てるな、運転に気をつけようって、思うよ」
 それと一年生の時の帽子は捨てないよ!お休みの日に被ったらいいやん!」
「・・・うー、分かった・・・」
 
様々なやり取りの中で、新しい環境に馴染ませるべく努力の言葉と、
それをどうにか受け容れようとしている言葉が入り乱れる。
 
昨年、一年生に就学した5月連休明け程度までは、夜間の唾吐き行為が出た。
本人も気付かないうち、シーツに毛布に、布団に。
幾度も幾度も、それは夜中じゅう繰り返されていた。
洗い立てのシーツに、布団カバーに残る痕跡。
毎朝、お日様の下で揺れるシーツに繰り返される、ため息と奮起。
 
 
支援をお願いして得られるのは、所詮、目に見える支援。
私が意識すべきは目に見えない支援だと実感。 
学習面でも問題なく、集団の中での素行、態度も問題ありません、大丈夫です。
とは”学校では頑張っているから”だ、と改めて気付く。
 
転校して、今。
新しい学校で「お昼休みは何してる?外遊び?鬼ごっこ?」と、何気なく尋ねれば、
「ん・・・、外は出ない、本読んでる~」と素っ気なく答える。
理由を尋ねれば
「低学年の遊んで良い遊具か分からないから・・・」と。
以前の学校では、事故や怪我を防ぐため、低学年と高学年用に運動場を分けており、
低学年は低学年の広場で遊び、高学年と遊ぶには時間が決められていた。
息子には大変分かり易く、使ってよい遊具と低学年には禁止されていた遊具も、
視覚ではっきり分かるよう提示してあった。それが、仇になっていた。
 
学校が始まり3週間目になっているが、その間、息子は一度もグラウンドに出ていない。
また、同じクラスの子が鬼ごっこをしていたので「いれて~」と言うと、
「秘密だから、だめー」と断られたそうだ。
「でも、後でごめんね、って言ったから仲直りしたよ」と言うが、
休憩時間に、仲間に入れてもらえるタイミングが取りにくい様子。
 
就学時のサポートブックに学習面やら帰宅してからの様子などを書き加え、
新たにサポートブックを作成し、担任に支援をお願いした。
医療機関用のフェイスブックに、生育歴から支援機関、現在の様子まで書き加え、それでも。
 
息子の現実は、新しいお友達との外遊びには入れない。
学校から帰るとオヤツもそこそこに「今日、遊びに行っていい?」と、
毎日のように尋ねていた健康そのものの、7歳が。
帰宅するなり、「テレビ、見ていい?」と尋ね、何度も読み返して飽きているであろう本を開く。
 
私が―――、親が。
多分、やるべき事は、もうやっている。
だけど、次は方向性を変えて、やるべき、いや、示すべきがまだあると思う。
 
赤ちゃん返りの激しい日常で、今まで以上に”抱っこぎゅう~”をしてやること。
たまには、「あーんして」と当然、使えるべきお箸を置かせて、食べさせてみる。
ぬるめのお風呂に長風呂をして、背中を洗ってやったり、逆に洗ってもらったり。
シャンプーをしてもらうのもいいかもしれない。
就学時に縫った通学バックを、2年生になったお祝いの名目で、新しくもうヒトツ、
気合入れて(相当気合入れないと縫えません 今の息子が好きなデザインで縫うとか。
 
新しく相談窓口として選んだ病院の先生は。
「環境が相当変わっていることを、意識して付き合って下さいね」
「家で、今は好き放題させてあげて下さい」と。
 
転居して1週間目は、宇宙語(何を言っているか分からないが、結構大きな声で発語
4年前の転勤(年少時 は奇声とオネショ。
(訪問者、電話、等など、とにかく私への外界?からの接触があると、昼夜問わず奇声
転校して1週間目は、とにかく本を読む。話し掛ければ応答する
4年前の転勤では、ママが同じ部屋(視界 に居ないと探しまくって追い続ける。
 
 
ああ、少しずつだけれど、大きくなっているんやな。
少しずつだけれども、確実に、自分を意識してるんやな、と。
ぎゃー、きーーーの奇声から、例え何を言っているのか分からなくても、平仮名の羅列で。
追い続け捜し求めなくても、在る私を知り、本を読むことで安定を。


同じクラスのお友達を追いかけて駆け出す背で、揺れるランドセルは一年生の時と同じ。
だけど、新しい仲間の黄色い帽子が、春の陽射しを受けて一緒に揺れている。
 
三月は別れの季節、四月は出会いの季節。
これからも多くの出会いと別れを繰り返して、知って欲しい。
別れは出会いとセットであること、そのどれもが一つとして同じではない、ということ。
 
場所に、環境に、場面に、そして人に。
出会うから別れるのではなく、別れるから出会いが無意味なのではなく。
変化と共に、自分を知れるチャンスをもらえるのだということ。
出会いと別れは、どこにだって転がっていて、それを生かす選択が可能だということ。
別れでこそ、多くを学び、知れるということ。
 
2年生の息子には難しいとは知っている、だけど。
楽しい、嬉しい、怒る、悲しい、それ以上の心が人にはあると知って欲しい。
それが、まずは黄色い帽子の仲間になる突破口。
 
 
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コメント


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ゆっくりね。がんばってるよね。

ママさん、
 ご無沙汰です。
 転勤、転校があったんですね。ママさんは新しいところには慣れましたか。前いたところと遠いのですか。関西から出られたんですか。
 息子ちゃんが自分の意志で選んだのでないから(当然ですが)・・・本人さんは、しんどいでしょうね。

> 目に見えない支援だと実感。 
”学校では頑張っているから”だ、と改めて気付く。
 ほんと。そうですね。私たちには学校の様子はわからないから。
うちも4年生になりました。最近、子どもも独りで闘っているんだな、と思うことがありました。立派で、涙が出ました。

> ああ、少しずつだけれど、大きくなっているんやな。
そうですよね。いつまで・・・?なんて、思っていたりするけど、成長していますよね。

サクちゃんのママ | URL | 2012年05月29日(Tue)17:20 [EDIT]


サクちゃんのママさん

返信、遅くなりました。
こちらこそ、ご無沙汰しっぱなしです。ごめんなさいね。
 
そうですよ!
関西圏から出ていて、頑張っていますよ~!

>うちも4年生になりました。
>最近、子どもも独りで闘っているんだな、と思うことがありました。立派で、涙が出ました。
 
男の子も4年生にもなると、一人で闘おう、なんて思えるようになるんだね。
いつまでも手をつないでいたいけれど、もうスグ息子も、幼い頃とは違った意味を含んで、
手を振りほどいて走り出していくんやろな~。
 
なんだか、2~3歳の頃もダーっと駆け出していたので(コレ、多動やんな 苦笑 
手を繋ぐ時間が短くて・・・、寂しい母がいますよ。
 
一人で闘っていて立派だな、と感じて涙できるサクちゃんママは、きっと多くの多くの涙を流しながら、懸命に育ててこられたのだと思います。 勲章、もらったやん。
 
これからも色んな勲章をもらえるように、お互い、頑張りましょうね!
(そうそう、たまにはダダ漏れで涙しながら 笑 

ママ | URL | 2012年06月01日(Fri)18:31 [EDIT]


ありがとう。

ママさん。
・・・勲章か。うん。
ありがとう、ママさんからも ご褒美をもらったみたいで、うれしい。

手をつなぐ時間が短い・・・ってあんまり覚えてないなぁ。
うちも歩かず走ってばかりだったけど、なぜか道に飛び出すはなかったから。
つないだ小さな手を、この手を覚えておこう、と思ったこと覚えてます。

今、こうやって思い出して書いてるだけで、涙がでるわ・・・。
もうあの小さかった子はいなくて、どんどんと成長、日々変わっていってるんだもんね。

サクちゃんのママ | URL | 2012年06月11日(Mon)14:36 [EDIT]


こちらこそ、ありがとう。


> 手をつなぐ時間が短い・・・ってあんまり覚えてないなぁ。
> うちも歩かず走ってばかりだったけど、なぜか道に飛び出すはなかったから。
> つないだ小さな手を、この手を覚えておこう、と思ったこと覚えてます。

 
手を繋いだって形の、物理的な思い出だけではなくて、心情的に、なかなかコミュニケーションが取りにくいブ部分もあって、せめて、手を繋いだって形や、その手の柔らかさ温かさ、頼りなさ。
そして、その時間を療育としての記録ではなく、”母親としての記憶”にしたいと思っています。
 
> 今、こうやって思い出して書いてるだけで、涙がでるわ・・・。
> もうあの小さかった子はいなくて、どんどんと成長、日々変わっていってるんだもんね。
 
そう、親は、涙涙だよね。
その涙の真意を、現実を我が子に突きつけたくなくて、流す涙でありたい、と我流で療育を始めました。
どの親御さんも同じ気持ちやと思うねん。
障害があるから、生きにくい世の中ではなく、あってもなくても生き抜ける力を授けて、拓いてやりたい。
 
まだまだ、親の力はこれからやで。
一緒に頑張りましょうね!

ママ | URL | 2012年06月23日(Sat)10:11 [EDIT]


 

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