愛ダケじゃ、育たない。

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RDI・対人関係発達指導法

RDI・対人関係発達指導法に取り組むことにした。
 
きっかけは、幼稚園での研修の誘いがあったから。
 
手当たり次第に、自閉症関連の本を読み漁っていた時に、目にしたRDI。
こんな形で、知るとは思いもしなかった。

 
当日集まった、親子は、7組。
 
今まで通っていた区役所での、見知った顔も当然、入っていた。
 
 
 
けれど、主催は、幼稚園ではなく、幼稚園の園児を対象にした研究の為だそうで。
大学の学生と、教授も参加していた。
 
誘いがあった時、研究というのは承知していたが、学生、ハタチをいくつか過ぎだろう年齢で。
園児達を、いや、3歳年少クラスの年齢、いや、月齢の子どもの特性と、
自閉症児特有の個性との違いが、見分けられるのだろうか、果たして不安はあったが。
 
実践というには、簡単で、けれど、毎日となると、指導する側は精神的に厳しい。
 
他の療育も同じだが、書いてあるそのものは、簡単だ。
けれど、毎日、結果が出るかどうか、ワカラナイ、その結果だって、10年先、20年先を。
 
ただ、信じて、続ける、ってタイヘンだ。
 
 
RDIは、日常の中で遊び感覚で、といった取り入れ易い点を持つ。
だが、指導する側が、需要に応じて供給されず、「親である」点を考える。
 
お手伝いの時にでも、やってみましょう、や。
毎日、顔を合わせてるのだから、こそ、手軽です、の言葉に。
 
家事をしながら、子どもの発達に関して、そうそう神経使えないが、本音であった。
 
 
これは、私だけなのかもしれないけれど。
手伝いも息子には、出来る限り、声をかけて、一緒にしてる。
台所、お風呂掃除から、洗濯物畳み、買い物、掃除・・・
 
けど、それら日常の動き=動線 と、子どもの動線が一致しないのが、現状である。
 
 
 
社会性のある会話、コミュニケーション、というのは。
 
例えば、幼稚園であった出来事を。
 
 「今日、あーでこーで、こうやってん、ねー、ママ?」 と言葉に感情が加わり、表情と共に、 
 
話し掛けた相手のパパと、話を知ってるママの顔を交互に見つつ、伺いながら話す事だ。
 
 
これら一連の動作には、実に何十以上もの機能により、情報処理や情報発信がされている。
 
これが、息子に出来るようになるのか・・・と思う。
 
けれど、可能なような気もしている。
 
根拠は、知能に遅れがない事、もう一点、息子は情緒が育つ機能に遅れがない、と思われる点。
 
情緒云々に関しては、データが入っていて、その場面をリプレイしてるのか、とも思うが。
 
それでは説明のつかない事柄も、ある。
 
 
どちらにしても、私は、指導者である前に、まず、母親だ。
 
小石を息子の進む道から、あらかじめ取り除き拾い上げるような母親ではなく。
 
必要なら、大岩だって道の真ん中に置ける覚悟で。
 
丁寧に、柔らかく育てよう、と思っている。
 
 

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