愛ダケじゃ、育たない。

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パニック 現場型と鬱積型

息子は、どこから見ても。
自閉症の障害があるとは、ワカラナイ位に、アタリマエの三歳児に見える。
 
だけど、親からみると。
 
定型発達とは違うアレコレが、くっきり濃い輪郭を伴って存在している。
 
例えば。 

 
通園用の帽子を忘れた。
 
前日に洗濯し洗っていたけど、湿っていたので、被らせずに登園。
少し、登園時にグズってはいたけど、通園バックを見ると、
 
「幼稚園、行くねん」 と、玄関先で支度を始めたので、あまり気に留めてなかった。
 
幼稚園で、お帰りの支度になった時。
 
「白い帽子がないー、帽子がないー!」 と、パニックに。
 
パニックとは、十人十色で、様々だけども。
息子の場合は、泣く、叫ぶ(エコラリアを含む 地団駄を踏む 等
 
先生の、
「ママに電話して、お家にあるかどうか、聞いてみようか?」 の問い掛けに反応もしない。
 
帰りのお支度では、息子の中で、
 
通園バックを背負う→水筒を持つ→白い帽子を被る→ これで完了!
の流れ (ルーティン が、出来ていたのだろう。
 
最後の「白い帽子」がないと、完了出来ず混乱した。
 
 
先生の「ママに電話して確認しよう」の言葉の表面理解は、出来てるハズ。
けれど、パニックが治まらないのは、やはり、「特有のこだわり」だろうな。
 
先生としては、息子に対しての言葉の裏に、勿論、パニック対応としての
 
「ママに電話して、先生が助けを求める、または、早く迎えに来てもらう」策も含まれている。
 
 
パニックといっても、その場その場で、起こった事柄に対する「現場型」と「鬱積型」がある。
今回のは、現場型だと思うけど、 現場型の対策は、帽子がないと治まらない。
 
要するに、対象が視覚的に確認出来ないと、難しい。
 
 
朝、帽子を干している現場を見せて、「今日はお帽子、ないねん」の一言を。
息子に言っていれば・・・と、悔やまれた。 


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