愛ダケじゃ、育たない。

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差別と区別

我が子が。
 
「特別な支援を受けられる」 としたなら、それは。
「区別」だと思う。
 
けれど。
「特殊な訓練を受けねばならない」としたなら、それは。
「差別」だと、思う。
 

上記フタツは、どちらも内容的には同じ言葉。
 
けれど、「受けられる」とする、意識と、「支援」とした、支え援護的な応援心を
連想させる言葉での、捉え方と。
 
後者の「受けねばならない」とする、意識と「訓練」とした、達成せねばならない、
一種の合否が連想される言葉。
 
言葉や単語は時に、受け取る側、送る側の意識下で諸刃の刃となる。
どちらかと言うと、障害児への現実や、世間の評価は下記に近いのが現状だろう。
 
障害児は社会に適応すべく、程度の違いはあれど、「訓練」せねばならない。
それは、言葉からイメージされる「汗を流す」「涙を流す」「ストレスを溜め、ギリギリ」だとしても
「社会に適応」するために、本人が、またはその親が、取り組まねばならない。
 
そこに、隔絶に近い、「区別」が見れる。
が、私はそれを「差別」だとは思わない。
 
現代は、社会といった集団で形成され、また、その社会に適応し生きる事が。
「一番、生き易い」と思うからだ。
 
生き易い道を選択し得るための努力は皆、している、それが「行き易い道」でなくても。
その努力が、障害の有無によって「差」を生むとしても、差を埋める必要があるなら。
した方が良い、と思うからだ。
 
勿論、「多数派が楽だから」「少数派への思いやりを望む」等と言った声もあると思うが。
それは、「出来る人」がすればよい、「やれると思う人」が、挙手すれば良いと思う。 
 
 
名門と言われる初等科入学式での、校長先生の挨拶の中で。
 
「君達は日本の未来を背負って行く人達になります、入学おめでとう」 といった言葉があった。
 
これが、この言葉の意味が。
発達障害のある子に適切な理解を伴って、伝わるだろうか?
いえ、それよりも。
言葉を聞く体勢で、挨拶が終わるまで着席し集中し注目して、椅子に座って居られるか?
 
適切な理解とは。
子を取り巻く環境、親の躾、他、諸々の背景を含んで、生まれ育まれる。 
 
そして、親共々、どんな努力をもってしても、
現在年少である我が息子が、これを聞くのには10年先でも無理だと思っている。
 
それは、「差別」だろうか。
 
息子の現状を把握しながら、周囲を見渡し、第三者として客観的に判断すると。
親バカであっても・・・無理だ、と思うのは、妥当だと思う。
 
これは、子どもの可能性や、障害児を受け容れないとしたシステム上の問題ではない。
 
  
私は、息子に。
定型発達の子ども達の、やり取りを真似て、データを積み上げていって欲しいと思っている。
それは、どちらが優位で劣位で、といった「差別」かもしれないと、いつも思う。
 
障害のある子どもは、定型発達の子と接する事で、
自身に見返る「何か」を確実に得て、または、失っている。
が、障害児と接する事で、定型発達の子ども達は、
「自身に見返る何か」を得て、何かを失っているだろうか? 
  
それらは「経験」といった以外の「何か」があるのだろうか。 
  
そして、それをそれぞれ違った発達を遂げながら。
将来、社会的に相対する位置に就くかもしれない、互いの子供達は。
互いに何を社会に還元出来るのだろうか?
 
「この国を動かす」それ相応に適切な行動が発達障害の子どもに出来るのか?
私の中の答えは、やっぱり、「NO」だ。
 
無論、特異な才能を活かし、世界全体を激震させる子どもが育つ可能性はある。
けれど、それは、「発達障害の子どもだから」に限らない。
 
社会に関わる基本は、「税金を支払い、自分の生活を守り、他人の生活を侵さない」
この基本を、身につけさせて、自身を振り返る時間を持つ。
 
息子には、それだけで「人として、真っ当に生きる」 だけで十分だ、と思っている。
   
入園前に。
息子の特性の理解と、園側の意向を伺いに、何度か話し合いの場を設けて頂いた。
その際、いつも言われた言葉を思い出す。
 
「幼稚園教諭の勉強になりますから、何でも仰って下さい、教えて下さいね」 と。
もちろん、当初は、園側の配慮といった形での言葉だろう、と受け止めた。
 
けれど、どうしても、「勉強になるから・・・」 が引っ掛かる。
「療育」という程の支援を必要とされない、「軽度」の場合、
息子の三年間は結局、支援と言う名前であっても、「教諭の勉強」なのか、と。
 
これを言えば、「それなら、専門の療育機関を選択すべきだ」 と言われるだろう、が。
私は、模倣が可能な息子に、定型発達の集団から学ぶモノを、学ばせたかった。
 
これは、「差別」だろうか。
 
教諭に勉強の機会を設けた・・・。
それをする事で、後ろに続く発達障害の子供達の未来を考える時もある。
でも、息子の三年間は、「今」は、もう二度と戻って来ない。
息子の今は、「誰かの学び」のために存在しているのでは、ない。と。
  
息子を理解してもらおうと、懸命に説明すればするほど、心が重くなる。
息子だけの園ではない、だからこそ、周囲とのバランスを保ちたい思いもあった。
園側の負担を軽くしようと、データを提示すればするほど、ため息の数も増えた。
 
 
「私の息子には、出来ません」 けれど、思うのです。
 
私の息子は、捨て駒じゃない。
私の息子は、かませ犬じゃない、 と。
 
そして、私の息子に出来る事を、考える。
 
「~でなければならない」 そう考える時、「差別」は生まれる。
それは、支援に留まらず、就学、受験、就労、結婚、人生全般に及ぶ。
 
だから、といって、「しないままで、十分だ」とは思えない。
なぜなら、社会に適応しにくいのは、生きるに困難へ直結するからだ。
 
だから、といって、「そのままで、十分な社会を」望もう、とも思わない。
なぜなら、個を重んじるだけでは、社会的な機能を衰退させるからだ。
 
救われる人が居て、救う人が居る。
その両者が互いにそれを、「好んで」しているなら、それは「区別」で済まされる。
 
これからも、小さな引っ掛かりを「差別」だと思うときがあるだろう。
けれど、それを私は、「区別」と捉え、学びたい、学ばせたい。
 
チャンスがあるなら、差別だろうが、区別だろうが関係ない。
我が子を伸ばす、その一点に集中しながら、社会に関わらせ、また。
自ら関わりを持ち、集団の意味と形成を担う「人」に育てたい。
 

障害児と健常児、その両者ともに。
どちらが、優れていて、劣っているのか、なんて。
始めから、比べる土俵が違う。
 
どちらも「なりたくて、なったワケじゃない」
どちらも「なりたくても、なれない」
 
強いて言えば、「スイカと、トウモロコシ、どちらが優れてる?」てな話だ。
そう、息子は両方が好きですよ。
 
そして、私は。
息子が、買って欲しいと言った方を、迷わず買える財布を持ちたい。
 
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ


 


 

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コメント


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でっかいでっかい財布!

痛切に、私も欲しいです!中身がパンパンなのを(笑)

兄は重度の脳性まひでした。
社会に関わっていたかといえば否です。
母が一人でなめるように世話をして愛して守り通しました。
けれども、兄は少ないながらも愛してくれる人に恵まれました。養護学校の先生や母の妹や母の友人たちに。
兄の人生が終わってから思うことですが。
兄の存在は、母と私を変え、世界の扉を開いてみせてくれた。
母を支えてくれた親仲間との関係を生まれさせてくれた。
ものすごくミクロな意味での社会の形成を行ってくれました。
熱意ある先生、リーダーシップをとってくれた親御さんたちと共に、母たちは、夜遅くまで署名運動を行って、学齢を過ぎた人たちも受け入れる住宅補助つきの養護学級を作り上げました。一種の理想のコロニーを。
30年も昔の話ですが。

なかさん☆ | URL | 2008年07月21日(Mon)16:39 [EDIT]


なか☆さん

すごく素敵で励みになるお話を、どうもありがとうございます! 「理想のコロニー」それこそが社会に必要なモノであるのに、そこに到達するまでは、とても遥かな道のりですよね・・・。
 
隔離でなく隔絶でなく、決して遮断されず吸収もされず・・・ミクロな関わりを発端に、いつしかそれらが、大規模な社会の形成になりますよう、いつも願っています。そう、誰しもが「愛されたい・愛したい」と願っているからこそ、それって可能だと思えるのですが(笑
 
中身がパンパンなヤツ、とりあえずは私にとっては、それを今の所、「知識」とします。諭吉さんの出番は難しそうですから(苦笑

ママ | URL | 2008年07月23日(Wed)23:58 [EDIT]


うつ病

ステキなブログですね☆

拝見させていただきました~♪

よかったら私のところにも遊びに来てください^^
http://www.sayonara-utsu.com

うつ病 | URL | 2008年07月24日(Thu)11:51 [EDIT]


うつ病さん

そうですね。
 
また機会がありましたら、その時に。
(ちなみに私はうつ病ではないですよ~ 
そうならぬよう、頑張ってます、はい。
暑いですので、お体にお気をつけて・・・。

ママ | URL | 2008年07月25日(Fri)12:52 [EDIT]


 

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