愛ダケじゃ、育たない。

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早期介入のメリット・デメリット

行政発行している育児の手引書などには。
「発達障害には早期介入が一番」 等の言葉をよく見掛けるが。
 
果たして本当に「メリットだけ」なのだろうか。

息子が「あれ?何だか違うような・・・?」 と思い始めたのは。
息子が歩き始めてから。
 
まさか、一年半年後に「高機能自閉症」なんて診断名がつくとは、
全く、思ってもみなかったのだけど。
 
けれど、私(親 が、早くから、「何だか違うなあ・・・?」 と思っていた事で。
かなり長い心の準備期間をもらったように思っている。
診断や発達検査で「障害名をもらう」事に対してだけではなく、
息子の扱い方そのものに耐性をつけた期間 (笑 とでも言おうか。
 
ウチの子はヨソの子より、癇癪がキツくて・・・ とか。
ウチの子は同年代の子とは、感性が違うなあ・・・ とか。
思えば思うほどに、息子をしっかり見つめながら丁寧に育てられたと思う。
 
そしてもうヒトツ。
言葉での指示入れが早くから可能になっていた、とも思う。
禁止事項を伝えるのにも、早くから否定形ではなく肯定形で伝えていた。
「行っちゃあかんよ」 ではなく 「こっちに行こうよ」 だとか。
「一人で行ったらあかん」 ではなく 「ママと一緒に行こう」 等。
 
だからといって、指示にすんなり従えていたのか、とはまた問題が違うけど、
否定形で指示入れしながら、伝わらない息子に接する毎日より、
伝わる方法を探しながらの毎日は、今では貴重な財産となっている。
 
そして伝わらないから、と「叱る・叩く」を繰り返し後悔や自責の念に捕らわれるより、
後者の方が互いの精神衛生上にも、信頼の安定を図るのにもより良い方向だと思う。
「私の子には、障害なんてない」と信じて、「叱りながら子育てをする」より、
「私の子には、どうやったら伝わるだろう」と育てる方が何倍も、きっと楽しい。
 
それを考えると、親の早期発見・早期介入・のメリットは、
両者にとって、例え診断名がなくても、かなり大きい
 
だが、行政の対応は・・・と考えれば。
「少し様子を見ましょう」と言われて、サークルなり幼児教室なりに誘われたまま。
不安な気持ちを抱えたままで、頼りのハズの「私の味方」父親にも事の詳細を伝えきれず、
周囲から取り残された孤独感や閉鎖感、焦燥感だけが募るのではないか、と思う。
勿論、その新しい場で出会った誰かに救われる時や、学ぶ時もあると思う、が。
発達障害は十人十色で、知識もソコソコの親同士で発達の度合い比べなんて始めれば、
まさに本末転倒。
 
場所だけを提供するに留まらず、個人個人に相談の時間を設け、
子育てにおける日常的で些細な出来事に対しての、精神的支援の提供が必要だろう。
 
場所の提供とは、閉鎖されがちな家庭環境において虐待を防ぐ、母親の負担を減らす、
といった主旨も含まれていると思うが、母親からの生育歴の聞き取りや困っていること等、
母親のカウンセリングも含めて、予約何ヶ月待ちの支援センターではなく、
個々が関わる「区」または「市」単位での対応が最も親子にとって望ましい形だと思う。
 
サークルなり幼児教室なりでも、週に一度でも顔を合わせる「先生」との世間話を
交えた相談時間があれば、子にとってもより望ましい支援の形に繋がると思う。
また、支援をする側としても、週に一度会っている子供なら、その特性や接し方の模索、
また、人としても・・・、立場を踏まえながらも、情も交えながら、察し、接せられる。
 
馴染みある顔のアドバイスや傾聴、手助けなら、「障害」を拒否し続ける母親や、
育てにくい子供の嘆きも伝えやすく、支援が届き易いように思える。
 
発達障害は診断がついたから、どうだといった類ではなく、「発達」という名があるダケ、
育つことの過程や躾、親と子の関わり、日常生活全般への支援が必要だと思う。
それをすることで、その子の「発達」は将来的に変化し続けるのだから。
 
早期発見、早期介入を謳うなら、子の変化、親の変化フタツ同時に、
また現在、未来共に望ましい形で形成されるのを、
「親子に身近な、尚且つ、発達障害の知識、経験に富んでいる人物が」
相談の窓口となり、第一の基盤に置くべきだと思う。
 
何ヶ月もの予約待ちの挙句、3ヶ月だか4ヶ月ごとの面談で、支援してますセンターなんて。
何もしてくれていないのと同じ
それは、病院の予約を取るのに酷似していて、子供の日常を目の当たりに見ていない、
母親の姿勢すら把握していない人物に、「子供を育てるアドバイス」が可能かどうか。
 
各所の立派な建物の中で、座って受ける聞き取り(面談 では、本来の子供の姿は
見えないだろう、子供と汗しつつ、母親と世間話しつつ、こその「相談・成長・観察」だろう。
 
立派な建物の中での予算を、もっと現場で汗を流している、涙している人々に。
どうか、苦悩を抱えている親子の最前線に、組み直して欲しい。
 
早期発見、早期介入のメリットを大きく活用したいなら、それが最も重要だと思う。
 


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コメント


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支援って・・・

 ちょっと話がずれていたらごめんなさいね。
息子は年少くらいから、空手を習ってます。先生は、週に2回の稽古ですが、息子ががちゃがちゃで、わけわからない時代を知っている、数少ない大人です。

先生には、息子が発達障害だということを話していなかったのですが、先日、ちょっとした機会があり、思い切って話してみました。
他人とのコミュニケーションが苦手なこと、叱られた時、どうして叱られたのか、よく理解できていないこと、雷が苦手などなど・・・。

先生は、真剣に話を聞いてくださった後、
「Kクンだけじゃなくて、発達障害だと伺っているお子さんは他にもいます。私が思うのは、そういうお子さんたちを、ただ障碍があるから、と囲ってしまうのではなく、たくさんの経験を積み重ねていくことで、どうすればうまくやっていけるのか、フォローしながら教えていけたらいいと思ってます」
とおっしゃいました。

私は、これこそ生きた支援だな、と本当にありがたく感じました。先生にとっては、障碍があるから、ないから、ではなく、子どもそれぞれの成長や特性に合わせて指導していきたいってことなんですよね。

紋切型の専門家のアドバイスではなく、身近にいる大人たちが、子どもたちのことをこんな風に見守っていけたらいいな、と思います。

ハレルヤ | URL | 2008年08月20日(Wed)18:07 [EDIT]


ハレルヤさん

あ、ハレルヤさんの言いたい事、分かります、すごく分かります! 
 
そう、支援って言っても、こちらの「向けよう」で大きな支援に繋がる時ってあるんですよね!
 
特性を挙げて「注意や姿勢」を整え、臨むのではなく「生活そのもの」の中に溶け込むカタチで。いい先生に巡り合われましたねえ~~。
 
身近だからこそ、分かって欲しい=身近だからこそ、分かり易い の支援って本当にありがたい!と思います。
 
先生側からだと、彼に合わせて指導をしようって(決して彼だけのペースに周囲を合わせるでなく 特別意識ではなく、それぞれ個々のペースで指導が第一ですもんね!学校の支援もこんな風になって欲しいし、就学前の区や市の単位の支援も、こうであって欲しいと願っています。 

ママ | URL | 2008年08月25日(Mon)16:15 [EDIT]


 

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