愛ダケじゃ、育たない。

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発達を促す・・・とは

様々な発達障害の中でも、自閉症系は。
コミュニケーション(対人関係 や社会性の障害があると言われるが。
 
それらを、子供を育てる日常の家庭で。
どうやったら緩和出来るのか、どうしたら教えられるのか、いつも考える。
 
「子供の発達」とは・・・

 
やはり多くの体験をさせる事に尽きる。
 
そして、それらは、「現実の世界」でなければいけない。
部屋の中で、テレビやワークブックにカード、絵本等の
「視覚入力」だけでは得られないもの。
 
もちろん、視覚入力も確かに効果もあるし、集中力もこちらの方が養えそうな気がする。
でも、集中力って。
 
いつもと同じ馴染みのある室内で。
いつもと似通った手順どおりで、カードをテーブルに並べて行う集中鍛錬と。
 
戸外でのキャンプ中、自分の順番を待ち、お皿にカレーを注いでもらって。
他からの刺激を遮断し、こぼさない様に、ゆっくり歩き、お友達の場所まで運ぶ作業と。
 
なんだか、集中力の濃さが違うように思える。
 
後者の作業をするのには、室内でナントカカードをしている時よりも、
数倍の注意力と、格段上の集中力を必要とされるように思える。
そして、それらは、テーブルに付かせマンツーマンの時間をつきっきりで過ごすよりも、
遥かに親子共に楽なような気がする。
 
キャンプじゃなくてもいい、でも建物の中だと「音の反響」が大きくなるので、外で。
出来れば理解ある友人達との交流を伴った「体験」が望ましい。
 
もしくは。
昨今では難しくなっている、虫取りや草花の観察でもいい。
「手を繋いで散歩する」「だんご虫発見」「怖いけど、手にのせてみる」「自宅に持ち帰る」
たった四工程だけど、そこにある刺激や、それらから得られるモノはとても大きい。
 
発達障害の子どもを育てる姿勢として、丁寧な子育て と、書籍にあるが。
それらは、こういった日常のヒトコマにでも可能だと思う。
 
手を繋いで真っ直ぐ歩いてくれない=手を繋いで真っ直ぐ歩くように指示を入れる
だから、「指示の入れ方の問題」 だけとして捉えるのではなく、最初は手を繋ぐ事から。
次に「数歩でもいい、手を繋ぎ歩く」を経て、「真っ直ぐに」を求める。
スモールステップとは良く言ったもんやなあ、と、いつも感心させられる (笑
 
息子は手を繋いで歩くどころか、あっと言う間に背中しか見えなくなっていたタイプ。
でも、2歳前半から室内移動(自宅、食事中、お風呂の中 等、とにかく手を繋いでいたら。
外でも手を繋げるようになり、3歳には、手を繋いだまま歩けるようになった。
そして、もうヒトツ、エスカレータに一人で勝手に乗ってしまう事件もあり、
エスカレータの乗り口右手に貼ってある「手を繋いで乗りましょう」のマークを教えた。
これも息子には視覚入力としての効果が確かにあった。
 
「慣れ」かもしれない、だけど、その「慣れ」とは、アタリマエに出来る事のハズで。
それが出来なかった息子には、「ママと手を繋いで歩く」とは、大きな一歩だと思っている。
3歳8ヶ月の現在では、興味がある物が視覚に入ると、一言もなく繋いだ手を
振りほどいて行ってしまう・・・けれど。
 
まず外出時にはアタリマエの様に、自ら手を伸ばし私の手を求める。
「真っ直ぐに・ママの歩調に合わせて」は、まだまだ難しい課題だけども、
片手に息子の手の温もりを包みながら、並んだ影を見ると、やはり嬉しい。
 
体験させる、とは。
療育を行う者こそが、体を動かす事から始まると思う。
丁寧な子育てとは、観察を怠らない事からが、始まりだと思う。
 
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コメント


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とてもよくわかります。
やっぱり ママさんと気持ちが同じなんだなぁ・・・。
そう思うと ちょっと感動です。

ママさんの言ってることは 対発達障害にかかわらず、「教育するもの」の大事なところなんじゃないかと思います。
手っ取り早さや目の前の効果だけで言えば、室内での視覚入力的なものに流れてしまう。
合理的で 評価しやすくて 簡単で。
現実、たくさんの学校の先生たちだって・・・。

でも、子ども時代に養われるべき 真の力とは、また別のところにあると思うのです。
ママさんの言う通り、体験し、実感し、自らつかんでいくこと・・・
たくさんの無駄な時間が出てくるけど
すぐに効果として見えてこないかもしれないけれど。

子ども時代だけにある たっぷりな時間。その使い方。
求めるべきは 合理性でも生産性でもないのは
私たち大人は みな 感じているはずなのに。
ついつい 大事なことを忘れそうになる。 

「教育する側が 体を動かす・・・」

本当ですね。心にしのばせておきたい言葉だなと思います。
   

skymama | URL | 2008年09月01日(Mon)22:35 [EDIT]


子育てだけに限らず、育てるということは相手の立場、目線で物を考える。ということが大事なんではないでしょうか?同じ目線で観て、体験し考える!で、親としてというより、人生の先輩としてこうしたほうがいいんじゃないの?このほうがわかりやすいよ!と先導していく。こちらの歩調でなく、子供の歩調に合わせて先導のペースを、替えて(時には後退もあります)焦らずゆっくりを忘れないで!だと私は考えてます。

たっとぱぱ | URL | 2008年09月02日(Tue)09:11 [EDIT]


skymamaさん

>合理的で 評価しやすくて
これって、育てる側はとても、楽なんですよね、でも。
丁寧な子育てとは逆方向ですもん。
 
子供時代に養われるべき、は、きっとそれでは養ってやれない、育ててやれないですよね~。
手間隙かかる育て方ですが、「自らつかむ」に焦点を置くと、手間をかけ時間をかけ、愛情をたっぷり注ぐ、じゃないと難しいですもん・・・。
 
それって、でも障害のあるナシに関わらず、やっぱり、ヒトと関わって行く基本にあるようにも思います。
 
ああだったら、いいな~、あ、あれもしたいな~、ではなく、「まず、動く!」きっと、それらを見てると思うんです。だから、お互いに迷うときも忘れずに頑張りましょう~~、ですね (笑
 

ママ | URL | 2008年09月08日(Mon)09:53 [EDIT]


たっとぱぱさん

そうですね~、子供の歩調に合わせて、「あ、こうだったらコッチの方がいいかもよ?」的な発想ですよね!
 
こちらが先々に用意をしながら、では「自分でつかめない」と思うんです・・・。
なので、体験させる時も、息子の「困った」をチャンスと捉えながら、一緒に考えていきたいと思っています!
 
チャンスはピンチ、ピンチはチャンス!と思いつつ、焦らず・・・ですね!(笑

ママ | URL | 2008年09月08日(Mon)09:56 [EDIT]


 

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