愛ダケじゃ、育たない。

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自発会話と要求

自発的会話とは、文字の通り「自らからの会話」である。
だけど会話と言っても、ホントそれぞれ。
 
「言葉がある」息子だが、果たして、それで会話が成立しているのか、どうか。
感情の伝達・要求・指示・疑問・・・etc
「言葉」は多ければ、多い方が良いと思っていたけれど・・・。

息子は、自発的会話がとても乏しい。
年少時代の幼稚園に通っていた時期では、自ら
「今日、何々して遊んだ!」のような報告すら、皆無。
 
集団生活の中での子どもは。
決して、加害届けは出しません、「被害届け」しか出しません と。
だから、お母さん、自分の子供の「被害届け」ばっかり信じたらあきませんよ~~。
幼稚園児は皆が皆、本来、加害届けの方が多いお付き合いですからね~~、なんて。
どこかの講演で聞いた事もあった。
が、息子は、加害届けはともかくも、被害届けすら出せないままだった。
 
どうみても、引っかき傷と歯型・・・。
息子に聞いても 「もう、痛くない」 「大丈夫!」 と繰り返すだけ。
こちらは、どうしてそうなったのか、の経緯を聞きたいのに、一向に埒が開かず。
園から何の連絡もないままだと、息子が悪い事をした結果なのか、の判断すら付かず。
 
幼稚園児なら、母親の顔を見るなり、
「ママ~~、誰々が、こうで~、ああして~、噛まれた~~~!」程度なら。
言うだろう、と思うだろうが、息子は、園でのアレコレを一切言わなかった。
 
そうして、転勤に伴う退園後、2ヶ月以上経った頃。
「○○君は、いつもトイレ行くとき、意地悪やねん」
「△△ちゃんは、おままごとで、いっつも、お母さん(役 やねん、
 息子ちゃん、パパや赤ちゃんやねん、嫌やねん」
「息子ちゃんも、お母さん、したいねん」
「××君は、いっつも、電車貸して、言うても、あかん言うねん、貸して、いうのに・・・」
等と、園での遊びの様子を事細かく、ふっと思い付いたように教えてくれる。
 
そして、最後は。
「やから、息子ちゃん、××君、キライやねん」
「○○君、一緒はイヤやねん」 と、グループ内で上手くいかなかった理由になる。
 
当時の先生の話だと、
「仲良く遊んでいて、我慢をしている様子はありません」 と、連絡帳にある。
けれど、グループ遊びの日に限って機嫌が悪くなる事が多く、
自宅での会話も激減したので、当時はとても心配していた。
 
育児において、よく耳にする「会話」とは。
双方互いに相互的に繋がる言葉で成り立っている。
「○○貸して!」「いいよ!」で会話が成り立っているか、と問われると。
確かに成り立ってはいるだろう、けれど。
「いいよ」と受諾した側が、「いいよ」の言葉の後から、
手を離れ相手に渡ったおもちゃを取り返しにいく形では、その会話はきっと、
理解し賛同して「快諾した、いいよ」ではなく、セットで覚えた言葉の事が多い
 
息子は、オウム返しが未だにあって、
「○○貸して?いい?」と聞けば、大抵「いいよ」と言う。
だが、本心から納得してないので、相手に渡した途端、大変不機嫌になるか、
ソッコーで取り返しに行く (苦笑
 
「貸して?」 に対しては 「いいよ」
「ありがとう」 に対しては 「いいえ、どういたしまして」と、セットで覚えている。
なので、最初は、本当に教科書?通りに (笑
「○○してくれる?」 
「○○してくれる!」 と答えていた。
 
「ありがとう~」 「いいえ、どういたしまして」は、活字上何ら問題なく、
会話している様に思える成り立ちだけども、現実は。
 
「○○してくれる?」 「いいよ~」
「ありがとね~」 「ん!」
等といった、言葉に表情のある会話は成立せず
未だに几帳面な 「いいえ、どういたしまして」 のまま。
それは毎日の夕食作りの最中にでも、同じ。
こちらからの問い掛けに対しては、かなり「表情を伴った言葉」での受け答えが
可能になってはいるが、「言語が流出する事=会話」ではない、と、つくづく最近思う。
 
プールへ連れて行き、小学一年生の二人組みと遊んでいた様子だったが、
離れて様子を伺っていると、いつまでも水の掛け合いを求める息子に、
「そんな意地悪ばっかりしてると、皆に嫌われるよ」
「そんなにやりたいんなら、こうすれば~」 などと言われて、
肩を押さえ付けられて、水中に沈め掛けられていた。
息子は、幸いに水に抵抗が無く自分で泳げるので、潜ってスルリと浮かび上がったが、
また、二人組みの一人が押さえつけようとしたので、仲裁に入った。
二人組みの親はまったく子供達に関知しておらず、楽しいプールのハズが、
他諸々も加え、冷や汗の連続で、息子は”何をされたのか”すら理解出来ていない
 
「にぃに達に水に入れられた時、ダイジョウブやった?」 と聞けば、
「うん、ダイジョウブ」 と答え、
「でも、上から押して水に潜らされたら、イヤやったんちゃう?」 と聞けば、
「えーっと、えとえと・・・イヤやった・・・」 と答え、泣き始めた。
「だって、にぃに、息子ちゃん、4歳て言ったのに、6歳て言うた」
「緑の帽子のヒト (二人組みの一方 赤ちゃんやったのに」 と、
理解に苦しむ理由を並べ、就寝時のベットでお話時間にやっと気持ちの切り替えが出来た。
(所要時間1時間
 
それでも親は。
「ママ、今日は息子ちゃんとプールに行ったから、楽しかった~!」
「また、行きたいな!息子ちゃんは?」 と問い掛ける。
関わりを求めて、泣き止んで落ち着いた頃、あるいは日を改めて、と試行錯誤しつつ、
何を感じて、何を求めて、何を伝えて、どうして欲しいのか、分からないからこそ。
「今日、何が楽しかった?」 と我が子を膝に抱き、想いに耳を傾ける。
 
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コメント


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子供は残酷

私が小学生時代に男子のいじめにあっていたので、いたずら好きな子の、無抵抗な子への無邪気な残酷さは思い知っています・・・それにしても、初対面であきらかに年下の子を水に沈めるってのはえげつない!!
怖い時代やなぁ~。
自発的な会話は、うちも下手くそですね・・・。
嫌なことへの反論はすべて金切り声のパニックで表現するので(私がそうさせてしまったみたいです:反省)。
わかりやすいんですけど。
ただ、あきらかに4歳の頃よりは色々と考え込んで自分なりに表現しようとする工夫がみられます。
ことに、初対面の美人(ママさんとか、職員さんとか)に対する積極的な自己アピールはすごいっす。まさに男の本能です(爆)。
それにしても、息子君もう泳げるのですね!すごい!うらやましいです。

なかさん☆ | URL | 2009年07月31日(Fri)02:11 [EDIT]


こんばんは。

話せるからこそ、どこまで分かって言ってるのか、なまじタイミングが合ってる分、分からないんですよね

毎日、家に帰ってきたお婆ちゃんに、玄関で
「上がって上がって~」
って言います
「おかえり」って言うのよ!って教えても、一旦誤入力されたやり取りを直すのって、難しいですね~

普段の会話も、頭に録音したデータをランダムに再生してる感じで、こちらには、発した言葉のリピートを求める、そういう感じなので、なかなか、会話とは言えないですね

話せるから誤解されやすい。自分の意思を伝える為には、使えてない。

息子のこと、もっともっと分かりたいです。

かなvv | URL | 2009年08月08日(Sat)03:28 [EDIT]


なかさん☆

子供の残酷さって、純粋さでもあるんだけど、それって、本能そのまんまを剥き出しな部分も多くて。
日頃、なるべく仲裁には入らず、息子本人がトラブル回避を学んで・・・ってスタイルの通している私ですが、さすがに二回り以上も体格の違う2人組みに、押さえ付けられていたのを見た時には、色々な意味で”ゾッと”しました。  
関わり合いが苦手な子供だから、簡単にトラブルに発展するんですよね~。
んで、その回避方法も応用が難しい・・・、と(汗
言葉の使い方や、自発的な会話(自己表現 でこそ、回避出来るトラブルや関係も多いのに。
 
一本調子の「やーめーてー」では通じない・・・、それなら・・・、と、息子はいつ気付き、学ぶのか。
コミュニケーションには課題多しの息子です。

ママ | URL | 2009年08月09日(Sun)00:01 [EDIT]


かなvvさん

そうそう!
話せるからって、案外、盲点です。
場面毎に頭に入っていて、それを繰り返しているのだろうけど、そこに感情も伴っているのかな、とか、
同じ場面でも、自分の気持ちに添って言えてるんやろか? と。
 
「上がって上がって~」 と「おかえり」 の違いは、見えないからこそ気付きにくいんやろし、「上がって~」の気持ちの中には「家に来てくれて (帰ってきてくれて 嬉しい」もあるのだろうけど・・・。
 
私ももっと息子の気持ち、知りたいです。


ママ | URL | 2009年08月09日(Sun)00:06 [EDIT]


 

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