愛ダケじゃ、育たない。

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個性と特性の違い

自閉症児の「特性(特徴」を個性的と捉えて、支援しましょう、と。
ネットで見かけたり、書籍で見かけたり。
 
言ってる事は分かるが、私はやはりそこに。
拭いきれない違和感がある。

違和感とは、そこに「感性の差」があるからだと思う。
 
ある書籍で
「個性とは、尊重されるべきもの」
「特性とは、他と違い、突出した部分」 といった感じの記述があった。
それらを読み、息子の障害について、個性として捉えられないモノ・・・その説明がついた気がした。
 
人の多い場所で「泣く、叫ぶ、喚く」 
何かにこだわり続け、日常生活に支障を来たしても手離せない、等。
これらは決して尊重されるべきモノではない。
  
私が「個性的」といった言葉を使うのであれば、どちらかと言えば
「周囲に影響を与え、尊敬もしくは感心をした」といった心境の時に使用する、が。
「特性」となると、尊敬ではなく、異質な何かを指す時に使用していると思う。
これらは、
特性=ツバ吐き・乱暴・エコラリア等など、周囲に悪影響を及ぼすかもしれない状態。
無論、その中には「周囲の人達の不快感」も含まれる。
 
気に入らない事があると、相手に向かってツバを「べっ!」と吐きつける。
おもちゃの取り合いになると、すぐに相手を殴る、蹴る。
気に入った言葉を、何十回、何百回と繰り返す・・・。
 
これらは勿論、本人なりの理由があって、それらを繰り返すワケだが、周囲からは。
これを「個性的」とは思えないだろう。
電車の中で感情が制御し切れず、大声で車内アナウンスを繰り返す場面も同じ。
 
個性的だなあ、と思えるのは、独特の集中力や感性の豊かさを感じられる時。
 
光を反射している自転車の影の中に、虹を見つけて。
「虹が落っこちてたから、水筒でえい!したねん、でも、無くならへん」 や
「お月様、裸ン坊で、寒くない?」 「どうして犬も猫も、お外でトイレ?」や、
飽きずに2時間も、市販のワークブックの迷路をし、
その後、60~70ピースのパズルを、10分程度で何枚も合わせる。
それらを、間近で見ている時には、確かに、「個性」だ、と思える。
 
それぞれ母親の度量の大きさにもよると思われるが、私には。
どうしても、エコラリアがなくならない、アナウンスを真似する。
クラス内での「静かにする時間にヒソヒソ話」、結果、クラス中の集中が削がれる・・・。
周囲を見ずに(見えずに 歩くので、お友達の連れてきた、赤ちゃんを踏み付けた!
なんて事が、個性の一言で片付けられない。
 
それらは、やはり周囲に 「影響を及ぼす」だけでなく 「悪」影響かもしれない、と
思う気持ちがあるからだ。
人目を気にする、しないといった自身の問題は、ある程度クリア出来てはいても。
 
電車内の走行音に負けず、車内アナウンスを大声で繰り返す等は。
公共マナーの点から、また将来一人で電車に乗る、といった長い展望を視点に置いても、
「電車の中は、小さなお声で」 「走ったらあかん、お手手繋いでね」 と言ってしまう。
 
それらは確かに「個性的」だが、「個性」の範疇ではなく、すでに。
「個性的な特性」に属するだろう、と思えている。
 
けれど、その「特性」を活かし、「個性」と捉える事のなんと難しい事か・・・。
電車が好きだから、そこに注目し療育を進めるとしたら、私には。
「ママの言う事が出来たら、電車のシールを一枚ずつ」程度の事だ。
 
IQが高いから、といってそれを「個性」の範疇で捉え、支援する特殊学校が
日本にあるわけでもなく、高くても(理解度はあっても 「特性」の範囲を見極められ
本人以外の大勢に対する影響を、また本人に対する周囲からの刺激に重きを置き、
普通学級、支援学級と本人以外の選択で振り分けられる。
 
例えば、いい歳をした大の男が「自閉症」であっても。
社会活動に参加し、それを「労働」ではなく「勤労である」と認識しつつ、
尚且つ、自立し結婚生活も出来る程度の稼ぎもあって、日常に困らない。
 
自宅では「パンツいっちょ」でないと、落ち着かない、もしくは。
寝るときはタオルのタグを握らないと、睡眠を得れない、なら、「個性」
 
だが。
何回も人の言った事を繰り返しながらも、瞬時に何万桁の数列を覚え、数式を発見。
気に入らないとツバを吐き掛けながらも、奇声を上げつつ、数学界では世界で指折り。
となると、それは、「個性」の範疇を越え、すでに「特性」だろう。
 
どんな功績を上げたとしても、果たして「特性」の部分をも受け容れられ、それらは。
認め、語れて尊敬に値されるのだろうか、と思う。
 
映画のレインマンと、同じだ。
能力はあっても、それを必要とされる場を提供されなければ、無いのと同じ。
要するに「特性」とは、社会において生産活動を伴わなければ、意味がない
生産活動をし続けねば、社会からは遮断される、それが現実だからだ。

 
そして、発達障害の子どもの、感性=心 は。
定型発達の子どもと同じように、育つ。
少し遅れても、かなり遅れても、心は感じて、与えられ、見つめ続ける。
 
周囲の感じる 「特性=悪」と「個性=善」の振り分けを、感じながら。
本人の中で  「特性・個性=自分」と認識し、尚、自己肯定を促す。
そして、自尊感情を保たせる。
 
それこそが、「社会に関わる基礎」、「人間関係を結ぶ礎」と言われるが。
個性と特性、そのままを受け容れる社会と、それらを取り巻く理解、
そして、愛ダケじゃ、作れない組織も必要とされる。
  
それらを思うとき、ニワトリか卵か、なんて話を思い付くのは私だけだろうか・・・。

特性がある事を特権に結び付ける事は実は簡単だけれど、それらを、
特性を持った子供達の「明日の糧」に繋ぐのは、難しい。


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コメント


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お久しぶりです

だいぶ前に一度コメントをしてから、ちょくちょく読ませていただいていたものの、コメントを残さず来てしまいました。
以前療育センターの予約を入れた日にコメントさせていただいたのですが、9月に療育センターで息子はADHDだと診断されました。
まだ本当に分かったばかりで、気持ちは落ち着いていてもこの先の不安や思うことは沢山あるのですが、ママさんのブログを読ませていただいていると、とても勉強になり、私が漠然と思っていることをとても明確に表してくださっていて、何だかすっきりする思いです。
何だかどう言葉にしていいかわからず、上手くは言えないのですが・・・。
これからもずっと読ませていただきますね。

にゃりんた | URL | 2008年10月23日(Thu)16:41 [EDIT]


特性について

うーん、難しいですね!
自閉症児の「特性(特徴」を個性的と捉えて、支援しましょう、

この言葉、意味を考えるとママさんのように言われるように感じます。

ただ、私的には自閉を受け入れる(精神的に)際の
代替の言葉として感じるのです。

親が自閉を宣告されたとき、自分自身が受容できる様に
ある種の逃げ道として、言われる言葉と感じました。

自閉の主だった特性ある種、周囲が戸惑う表現方法を
健常児の親の様に、だめという否定的な言葉で制するのではなく、肯定的な言葉で諭す事が出来るような親(大人)の精神的余裕を持たすための言葉として、私はとらえています。

特に、母親としては子供と常に接している分、
父親とは違う受容力が必要になってくると思います。

忍耐力、行動を制する言葉を選ぶ力
精神的にかなりの労力を要する事です。
それらを、得るための精神的余裕を持つための
言葉を簡単に言い当てただけの言葉と、私は捉えています。(あくまで主観的捉え方だとは思いますが!)


たっとぱぱ | URL | 2008年11月01日(Sat)11:51 [EDIT]


にゃりんたさん

こちらこそ、ご無沙汰です。
 
ADHDですか・・・。
私の大変とは、また意味が違う「大変さ」が多くある毎日ですね・・・。ですが、一般的に小学校高学年になると、多動性は多少落ち着くと書籍では良く書いてありますし、実際に衝動性=忘れ物をする、だとか電光石火な部分はあると思いますが、ずーっと走ってたりウロウロウロウロ歩き回るといった行動は減ると思います。
 
その時までに、息子さんの中に引き出しをたくさん作ってあげれてたらいいですよね!
 
私、いっつも思うねん。
私が出来る事って、親の仕事って何やろ、ってね。
今、アレコレ奔走してる意味って10年とか20年後にしか答えはなくて、けど、「今しないと、この子と向き合う時間がナイ」(一人遊びがめっちゃ多いので って思うと、なんか、よーっしゃやってるでえ、ってね。
 
親だから、○○しなくてはならない、じゃなく、親だから、○○してやりたいな~って、そう思うことで、気持ちが落ち着いたように思います。
 
最初はね、そりゃ、グルグルですよ(笑
今もね、グルグル残ってますけどね、だけど。
 
こうして書き残す事で、自分の思いを整頓してるなあ、活字で表す事で、冷静さを取り戻してるなあ、って。
にゃりんたさん、これからですから。
 
一緒に、ぼちぼち行きましょうや~!(笑
 

ママ | URL | 2008年11月06日(Thu)20:46 [EDIT]


たっとぱぱさん

そうですよね、とても肯定的で、なんというか・・・。
ある意味「肯定的な励まし」ですよね。
 
私も逃げ道的な感覚で捉えている部分があります。
 
そして、逃げ道じゃ済まされない、毎日毎日の現実も知っていて・・・。24時間一緒ですから!(笑
 
スモールステップが必要な子供達って課題なら、「個性」やんな~、と。でも、他害・自傷をいかに止めさせるかって課題だと「そりゃ特性だろ、専門書!」(笑
ってな感じで。
 
個性じゃ割り切れない日常があらゆる場面に転がってる24時間だと、指示入れするのに、「標準語」でしゃべってますもん・・・。
 
で、子供がますます標準語で話すのを耳にして。
落ち込む・・・と(笑 
 
受容が出来てる、出来てないの問題ではなく、多分、
特性を個性だと、感性で知る事が(子供そのままを愛する事 が一番必要なんでしょうね~。
 
だって、子供は、そのままの私=母親 を求めているんですもんね・・・。
 
でも、そのまま、では、難しいんですよね。
だから、特性としての方が私にはしっくり来るのかもしれません。

ママ | URL | 2008年11月06日(Thu)20:54 [EDIT]


ママさんこんにちは。
発達障害の特性を個性…と言うフレーズは、他のブログ記事でも良く見かけますね。
私は、文章がヘタクソで、上手く伝えられるか謎ですが、特性と個性は全く別物だと考えています。
発達障害の人は10人居れば、10通り。その人その人で様々なタイプが居ると思うんですが、その中で、やはり自閉症なら自閉症の特性があり、それが強く出る人や、あまり目立たない人…全くその特性が無い人。そんな違いですよね。
個性って…もっと違う部分での事を差すと思います。
私が感じるのは、障害・特性・個性と言う単語が同じ輪の中に有る事に違和感を感じると言うか、個性は、障害とか特性とかのカテゴリの中ではなく、人として大きなカテゴリの中に存在する単語と言うイメージです。

上手く表現できませんが…個性の1つ!なんて言われてしまうと、この人…大丈夫?と、一瞬で警戒してしまう。
トンチンカンなコメントでごめんなさぁ~い(><)

ふぅ | URL | 2008年11月09日(Sun)14:07 [EDIT]


はじめまして。

こんにちは、はじめまして。
ブログタイトルと記事タイトルに興味を持ちました。
そして記事内容も興味深く読ませていただきました。

コメントを書いていたらめちゃくちゃ長くなったので自分の考えを記事にしました。
(トラックバックをはったつもりがうまくできていないようなので、自分の記事中にアドレスをリンクさせていただきました。)

感じたままを記事にしたので、ママさんとは意見が異なる箇所があると思います。
もし、気分を害されるようでしたらスルーしてください。

たれみみ | URL | 2008年11月17日(Mon)14:57 [EDIT]


ふぅさん

いえいえ、トンチンカンなんて(笑
 
「10人いれば10通りの発達障害で、それこそ個性」
とも考え様によっては捉えられると思います。
けれど、個性と特性って部分だけの選択肢で考えると、
やはり、特性って、ホント、「特性」だなあ、と。
 
私こそ、文章が得意ではなく、伝えたい事がキチンと伝わっているのか不安やねんけど(笑&汗
 
「障害がある」を「個性として」といった言葉でのアピールの方が受け容れ方に温度差が少ない、といった感もありますが、24時間の苦労、それは慈しみであったり、涙であったり、まさに苦楽を共に・・・なのですが、それをマトメて「個性として支援!」と言い切られると、
なんだか、なあ・・・と。
 
決して拒否反応を起こす言葉ではないのですが、(どちらかと言うと、プラス思考的言葉ですもん 
「個性?個性ぃ?それだけで片付けられへんやろ?!」
なんて、突っ込む自分も居たりして(笑
 
一瞬で警戒してしまう気持ち、分かります!!(笑

ママ | URL | 2008年11月18日(Tue)00:20 [EDIT]


たれみみさん

初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
 
記事に・・・との事ですので、早速覗わせて頂きます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

ママ | URL | 2008年11月18日(Tue)00:21 [EDIT]


 

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