愛ダケじゃ、育たない。

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もう一人の家庭内療育者の立場

夫が発達障害っぽい、と気付き支援を模索するとともに。
息子の特性を考慮しつつ、指示を入れる。
 
夫は成人した発達障害者、との診断をもらったわけではない。
けれど、我が子の診断名は知っている。

夫を理解しようとする時、それは。
毎日の修羅場に加え、磨り減る神経と消耗する体力でのみ語られる。
 
「大人なんだから、ちゃんとしなさいよ」では、夫には通じない。
結婚以前から、「少し変わってるなあ」とは思っていたけれど、それが、
日常の生活の中へ、どんな形の影を落とすかまでは、考えられなかった。
社会的に自立もしており、高額なサラリーを稼ぐ、そして情緒的な思考があった。
 
実際に息子の日常を何度も説明しても。
「子供ってそんなモンやろ?」 「大きくなるウチになるようになるやろ~」 と。
こちらの訴えたい内容とは、余りにかけ離れた過ぎたお気楽極楽思考。
相方がそうなのだから、こちらも・・・とはいかず、毎日毎日、
愚痴も言えず、公園では同世代の子供たちとの差異を見続けていた。
こちらが息子の話をしていても、夫は気軽に、
「あ、話は全く違うねんけどな~」 もしくは 「ちょっと違う話やけど~」 と
言い、息子の話を経済の話へと一気に変貌させる。
嫌な話題を変更する為ではなく、
私の話す一単語にのみ反応を示し、相手の反応を確かめず、言葉を発する
それが、会話をしている、と言うことだと本人は思っている。
 
私は、「そうか、ほな、どうしよか?」 「大変やな、俺も勉強するわ」
の方向を望み、毎度会話に挑むが、全く「息子について」学ぼうとする姿勢が見られない。
 
転居前に通っていた園では、「一日先生」と言い、子供の保育時間に親も同席する
機会が設けられており、希望者には先生のお手伝いと称して、幼児と (我が子のクラスで
触れ合う機会があった。
 
息子と定型発達の子供達との「差異」を理解して欲しくて、それに出席して欲しいと
頼んだのだが、夫はにべもなく、「そんなん母親の仕事やん?」であった。
「母親の仕事つって、半分はアンタの子やろが!バカタレが!」 は本心。
けれど、幼児サークル (子供は皆、発達障害の経過観察OR診断アリ で、
私が企画したイベント諸々には、毎度毎度、協力的であったし、
「特性のある子」としての扱い以外を、家庭内で受ける時間が息子に必要かも
しれない、と思いとどまり、夫には熱心に「違いの理解」を求めずに2年間。
 
直視し受容する時間も必要かと思われたので、夫の息子に対する見解は、
実質、2歳代の時とほとんど変わらず、そのまま~であった、が。
 
先日、息子より一歳上の取引先のお孫さんに接する機会にがあった様子で。
「1歳違う子やねんけど~、ホンマ、違うねんな・・・」
「いや、一歳上の子やねんけどな? 話ができるねん、
 お前の言うてた、「会話が出来る、出来ない」ってこの事か、って思たわ・・・」
と、話し始めた (タイムラグがあり過ぎやっちゅーねん
 
夫に指示を入れるのは、わりと簡単だが、たまーに地雷を踏む。
まず、夫の会話には主語が殆ど無く、自分の気持ち(やりたい事 が伝わっている
と最初から決め付けて会話する、英語の文法で言う、5W2Hは無視。
それが理解してもらえないと、瞬間湯沸かし器のごとく、爆発する。
・・・1年前くらいまでは、拳で話合いなんて、壮絶な場面もあったりなかったりがあった現実 (笑
 
爆発を恐れていたのでは、前進も後退も出来ず、こちらとしては。
話合いのハズやったのに、なぜに激昂?オマケに力技?ってな具合で。
いつも、納得が得られないままの夫婦間の話し合いであった。
大人が話を進めるのであれば、互いに譲歩なり、理解して納得させるなりの、
手法があろう、論法もあろう、と思うが、カチンときた時点で、夫は。
「感情論の立て板に水」となる。 (一種のパニック状態
要するに、コチラの言い分を理解しようとせず、自身の主張のみを貫く為に
手を変え、品を替え、また文章内の「単語」にのみ反論し、論破しようと挑む
 
頼んでおいた何かを、ことごとく忘れるので、いい加減にしてくれ、と。
何回いえば、忘れずに事を完了出来るのか?などというものなら。
「お前の物の言い方が気に入らへんから、やってやろうって気にならへん!」
「何回だぁ? 数えてんのか!それは嫌がらせやな!」 ・・・等々である。
小学校高学年の子供の文句と思えば腹も立たないが、夫は39歳。
論点を完全に見失っているし、自身の落ち度を認めない。
会話部分の、どこからどこまでが、コチラの言う「目的」で「愚痴」で「納得」
なのかの判別がつかない。
その上で、分かるように説明していても、途中でビールを開けピッチを上げる。
説明は無駄、筆談で指示を入れた方が互いに損傷も労力も減ると思い知り、
要するに「端的で、具体的、視覚支援を交え」交渉するに至った。
 
夫には、夫のプライドもあろう。
だが、そんなもんに構ってちゃ息子の未来が開けぬ時もある。
今後、実践、体験せねば「理解出来ない夫」と一緒の、息子の支援が待っている。
 
 
息子は、「パパと一緒に遊びたい」の一言を言いたいのに、なかなか言葉にならず、
パパの背中を叩いたり、後ろから飛びついたり・・・。
けれど、夫は、そこで
「どしたぁ?一緒に遊びたいのかあ?」なんて 息子の気持ちを言葉で代弁しない
 
「パパ、今はゴハン食べてるやろ! やめろ!」が関の山で、
「ゴハン、全部食べたら一緒に遊ぼうな」が出れば、もう、それだけで大成功。
けれど、それすら無い毎日に、息子は、もっと激しく関わってくる (背中にどーん とか
挙句・・・
汁物がこぼれた、息子がまたパパに怒られる、半分パニック&泣き喚き&唾吐き決定
と、どうみても悪循環。
 
私が息子の気持ちを言葉にして代弁すれば、まだマシだが。
「息子ちゃん、今日一日、ずーっと、パパの事待っててんで?」
「それやのに、やっと一緒にイタダキマーズで、
 イキナリ、パパが携帯で話し出すねんもん、そりゃ怒るわな~」 と言えば。
 
「そんなん、オマエがフォローせぇや!」 ときやがった
 
筆談なんか、してられませんやん?
なーんか普通にそんなん言われても、めーちゃ腹立ちますやん?
ほんで、
「アンタなあ!ずーっと待っててんよ?一日中、ずーっと!
 パパ、まだかな~、夜まだかな~って・・・その子供の気持ちになってみぃや!
 アタシがなんやかんや言うて、一日分やで!敵うわけないやろが!」
と言えば、息子、耳塞ぎ&怯えた顔・・・
 
もう、母親とか療育者とかとも、もうちゃうやん?   
気を取り直し、
「息子ちゃん、パパに一緒に遊ぼうね、って言うねん、そしたら、パパ遊んでくれはるから」
と、息子の気持ちを代弁しつつ、仲を取り持とうとすると息子は。
 
パパの肩を手で優しくトントンし、パパの顔を見ながら (行為は全て私のマネ 
「パパに一緒に遊ぼうね」 と必死の眼差しでオウム返し・・・
 
人称全然、違ってますケド?なんて、突っ込む余裕すら与えない、幼さと懸命さで・・・。
そんでも、夫は、
「ほな、時計の針が9のトコまでな」 と言い渡す。
ヲイヲイ、15分しかねーよ? そんで息子納得するワケないやん、と思いつつも、黙ってみていると、案の定。
 
「はい、9のトコやで」 の夫の一声で。
「いや~~~~~~~!ぎゃああああああああ!」 の大絶叫。
 
家族だから出来ること、親だから出来る事。
補い、慈しみつつ、激昂する時間。
 
親なのか、療育者なのか、妻なのか、母親なのかetc・・・
なんてね、迷って悶々と「どうしよう」「どうしたらいい?」なんて、泣いてる時間はない。
夫も私も年を取り、息子は確実に育つのだから。
人称を正しく使うってのも、やっぱり、子供の発達段階を経て・・・なんやろな。
でも、こんな時。
 
療育って、その価値や効果んで、副作用込みの日常生活への作用。
「親への安心」ってダケじゃないと思うねん。
なんというか、「関わり自体」が変化して、それらが家族一人一人に返還する物って、
大きいと思うし、また、療育を通して、「障害児の親」の気付きも学びもあるやんな、と。
子に対してダケでは当然なくて、それは社会そのものの、ご近所や世間様。

果ては、世界レベルかもしれへん (大袈裟?大袈裟かなあ 笑
 
でも、私は。
息子が愛らしい仕草で、父親に。
「ね~、パパ~、早くゴハン食べてよ~、一緒に遊ぼうよ~」 と。
父親の背中に甘える姿を、見たいのです。
 
だから。
試行錯誤しながら、自身の葛藤とも闘いつつ。
「もう一人の、親で療育者」 を育てたい。
 
 
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コメント


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はじめまして。
桃と申します。
発達障害様子見の四歳長男と、まだ0歳ながら定型発達っぽい次男のおかんやってます。

桃はおそらく自分も発達障害です。長男とはまたタイプが違いますが…。

ご主人のお子さんへの対応が他人ごとではなく、身につまされました…。
ご主人と桃の違いは、ご主人は父親で桃は母親ということ。
毎日定型の子供らと長男の違いを見ては危機感を募らせ、療育にも通わせ、にもかかわらずその療育をすべて無にするような自分の子供への対応のまずさに、毎日死にたくなっています。
謙遜などではありません。
私が母親で可哀想だとしか思えません。
息子ちゃんのように、定型のお母さんのもとに生まれていればよかったのにと本心から思います。
長男のことは当事者として非常によくわかる部分があるのですが、対応に生かせないのであれば、わかることが何の役に立つのだろうと、無力感ばかりが募ってしまいます。

愚痴ばかりで申し訳ありません。
このような素晴らしいブログを繰り返し読んで、自分がどう長男と接していくべきかを必死でインプットさせている母親がここにいます。

桃 | URL | 2009年02月22日(Sun)00:08 [EDIT]


桃さん

初めまして、ママです。
ご訪問とコメントをありがとうございます!
 
そうですか・・・、ご自身に傾向アリとの自覚がある、と。
 
私ね、息子が診断されて1年2ヶ月ですけども、何人もの発達障害関係の支援者の方、その医療関係の方ってね、傾向アリの方々がとても多いなあ、と感じています。そして、自身もそうかもなあ、なんて(笑
 
私達は常に何かの連続体に属した動物ですもん。
体調が悪ければ、ネガティブな思考をする時もあれば、逆にポジティブに考えられる余裕がある時もありますやん? それを鬱っぽい、だとか、躁っぽい、だとか。
 
発展させると、こだわりや儀式めいた事が好きなら、三つ組みですか?って話ですやん??
 
生活に不便のない状況で、自助生活が不必要なら、それらの診断名は不要だと思っています。
だけど、自助って「自らで自らを助ける」んですよね。それって、誰もがやってると思いますよ?
普通の定型者の方も「どこそこの米じゃないと、口に合わない」なんてね、どういう偏食なんだ、と思わず苦笑してしまう人も存在してるわけで。
 
私もね、いつも思っています。
「私が母親で、この子の為になってんやろか」って。
それは自身が迷うときです。余裕の無い時です。
 
桃さんだって、少しの余裕さえあれば「私が発達障害者本人だからこそ、理解出来る!一番の療育者で居られる!」ときっと強く思われるハズです。
 
そしてね、桃さんの息子さんも。
例えば、定型の母親の方が指示も入って、本人が楽なのではないか、ってね、誰かに預けたとしましょうか。
んでもね、子供って正直やから (笑
そんなに伸び率上がりゃしないと思います。
そりゃ、ノルマはこなせるかもしれません、でも。
メンタルの部分に必ず影が浮上します。
 
それを信じて、実証があるんだか無いんだか分かりませんが、(だって結果なんて、もう、何十年も先ですもんね 笑 
でも、私は必死で母親やねんって意地だけで、よく分かりしない療育をやっていこう、と日々突き進んでます。
 
我が子を可哀想やと思わんといて~。
親にそう思われてる子は、どう思うやろか?
お母さん、こんなボクでごめん、って思うんちゃう?
 
私も可哀想や、と思って子供の前で、一度泣いた事あんねん。もう、大号泣や。
泣き声が声にならへんねんもん (笑
それまでは、不憫に思って涙が出るって位やったけど、その時は自分を責めて反省つか、後悔つかなあ、とにかく泣いてる子供に縋って「ごめん、ごめんな~、話したいよね、お話出来ない様に産んでもうて、ごめんん~~」って(笑
 
アホやろ?
 
子供な、それまで泣いてた、泣き声が変わったねん、そんで、「ごめん~~」って。オウム返しやろうけど、もう、オットの前で二人で大号泣(爆笑
 
対応なんて、インプットの仕方で何とでもなるやん?
大事なのは「分かりたい」って思う事や。
この子を知りたい、と思う事、この子を分かってるって「自信」やで!
 
こうしてこんな稚拙な文章までもを、勉強しに・・・って読んで下さるお母さんが、何で自信喪失やねん!?
桃さんは、しっかり息子君達のお母さんやん!?
 
私もボチボチです、桃さんも、ボチボチで。
 
励ますつもりが、なんや偉そうに説教じみたお返事になってしまいました。
気分を害されたら、ごめんなさい。
 
これからも、ボチボチ分からないなりにやっていきますので、これに懲りず、どうぞよろしくお願いいたします。

ママ | URL | 2009年02月24日(Tue)22:48 [EDIT]


ママさん

コメント読んで、涙が止まりませんでした。心のこもったたくさんの温かいお言葉を、ありがとうございます。何度も何度も読み返しました。お説教だなんてとんでもない。ものすごいエールをいただいてしまいました。

調子がいい時は、定型のお母さんみたいに(多分)接してやることができてます。でも見事に続かないんですね…。頭でどんなにわかっていても、頭と感情が完全に分離して、1日に何度となく勝手に感情が爆発してます。気持ちの切り替えも困難で、長男とお互い絶対気持ち切り替えたくない比べ(なんだそりゃ)みたいなケンカしてたりもします。わかりやすい指示入れ云々なんてどこの世界の話じゃって感じですね。

実は桃は以前仕事をしていて、長男を一歳台から私立の認可保育園でみてもらっていました。
ですから、「ノルマは果たせてもメンタル面での影が浮上する」っていうの、なんかすごくわかります。
家庭的かつ良心的なあったかい園で、保育環境としては素晴らしかったんです。
でも長男はついに「保育園好き」とは言わなかった…。毎日お迎えに行くと弾かれたように笑顔で桃のところへ飛んできました。
ちなみに保育園大好きって言ってる子はうち以外にはたくさんいたんですけどね。

ママさんがおっしゃって下さるように、自分が当事者であるからこそ一番この子のことをわかってやれるんだって、胸を張って言える日がくるといいな…と思います。
だから、私が母親で可哀想って思うのもやめます。やめるよう努力します。

これからも、読みにまいります。いろんな出会いや学びを桃に運んできてくれる長男に感謝しながら…。

桃 | URL | 2009年02月25日(Wed)01:59 [EDIT]


桃さん

こんばんは。
 
そう「可哀想」なんて言葉、やめましょう。
いや、私も可哀想なんてね、やめよう!と思ってる一人なので、一緒に頑張って止めましょう!
(って、禁煙かいな! 笑
 
だからといって、私は。
まだまだ、息子を「楽しい性格の息子で~す♪」と、こうして匿名であっても、紹介?する気持ちにまでは、なかなか到達しない母親です。
 
私もありますよ、感情のバランスが崩れてしまう事。
私は、自身を定型か否定型か、といった区別を余りせずにいますが、定型であったとしても、24時間息子と一緒です(専業主婦なので そりゃ、カーッと来て、ビンタ張るくらいします。(断言 経験済
 
こう言えば、「虐待か!?」みたいに思われるかもしれませんが、自分の思い通りに行かない毎日、主に躾やらの類ですけども、「仕方ない、これが息子の特性なんだ」と「理解して納得して愛して」いても、手を上げる自分がいます。
 
そして、鬼か、と思います、自分を。 
でも、そうしないと、こちらが参ってしまう。
そして、半分は八つ当たりであると知っている。
なんというか、支援をしてる側も「人」ですもん。
それも、母親。
だからこそ、支援者、療育者は「家庭外に」という論が正しいのかも、とも思います。
 
けれど、やっぱり母親だから、なんですねえ。
毎日を見ていて見ぬフリが出来ないんです。
そして、自身の限りまで・・・と自分で自分を追い詰めている、ホントあかんねん。
 
けど、自分を母親に保たせてくれているのも、また息子やと知ってる。だから、あかんな~、イライラ来てんな~と思うと。家事一切を放棄して、とにかく外に出るんです (笑
 
それも、山とか神社とかね、海はちょっと遠いので経験ないですけども、ショッピングモールなんかは、あかんね、逆にイライラが募ってしまって。
んで、息子と一日、散歩したり葉っぱを集めたり。
もう、時間の観念なんか自宅に置きっぱなしで、夕焼けになって初めて、「あかん、息子が風邪ひく」ってね。
 
行くとこなくてチャリの前に息子乗せて延々、河川敷走ってた時もありましたもん(笑 首にタオル巻いて。
 
そうして、ここまで、やっとここまで、ですもん。
切り替え比べ、したらいいですやん?
家の中ではなく、戸外で。
 
戸外では絶対、大人が負けますからね。
密室でなら、強いでしょうけど、人の目、太陽の光と風ね、あの照らされ加減と吹かれ心地があると、なんというか・・・、とにかく外では、いつも私は子供に負けてました。手を上げる事もなく、土手で寝そべって、持参したお結び(のみ! を二人で食べて、お茶はペットボトルで。
 
冬も同じく。
公園つっても越したばかりで友達が居ないので。
庭でシャボン玉大会&昼間から入浴!です。
 
桃さんは、お仕事をしておられるとの事なので、平日はキツいですよね、それなら、休日は原っぱとか、とにかく「人目があるけど、人目を気にせず風に吹かれる場所」へ出掛けてみられたらどうでしょうか?
 
この世界に私達だけやねん、誰の目を気にする事もなく、時間も関係あらへん、一杯、ギューって抱っこして、大好き!ってやってんねん、って感じで。
 
ヘンな親子って、目でよく見られてたわ、私ら。
けど、関係あらへん、って場所なら出来る。
子供が泣こうが喚こうが、私の子やねん、って。
 
何かが気になるから、それが息子さんの特性であろうと、自身の特性であろうと、書籍に書いてある事柄だとか、躾がどうとか、そんなん、どうでもええねん。
 
定型でも否定型でも。
親は子が好き、子は親が大好き。
それは、同じやねん。
 
桃さん、努力してはるんやろな~、ぼちぼちやで~?
あかん、思うたら家事やめて、布団被ってヲイヲイ泣いてもいいやん!昼間から風呂入ってもいいやん!?
山に登って大声出し合ってもいいやん!?
 
あ、家事止めたら火は消して?
布団被る前に、危ないモンが隠して?
出掛ける時には、鍵掛けて! やで~? (笑
 
それと桃さん、もしこうしたブログか何かを持っておられるのでしたら、良ければURLをご連絡頂けませんか?
こちらからも、ご訪問させて頂きたいと思っています。
 






ママ | URL | 2009年02月28日(Sat)01:10 [EDIT]


初めまして

初めまして。
診断前の3歳男児がいます。
あちこち覘いていてここに来ました。
ざっと過去の分も読ませていただきましたが、息子さんとうちの子とよく似てます~^^
乳児の頃のことも似てるし、旦那さんのことも。
違うのは、私は旦那の暴言、虚言癖に疲れ、身の危険を感じて別れてるってことくらいでしょうか。
彼を父親に選んだ自分を責めたいですが、そうすると息子そのものを否定してしまうことになってしまう。
彼が父親だから、この愛嬌あるひょうきんな、かわいい「この子」がいるんだって改めて気付いた時に子の父親を受け入れられる(少しだけど)ようになったかな・・

少しづつ、ゆっくりとでも旦那様が変わって、育ってくれるといいですね。

またお邪魔します。

tele | URL | 2009年02月28日(Sat)01:33 [EDIT]


ママさん

家庭療育者のパートナーについてのテーマだったのに、なんだか主旨からズレてしまって、ごめんなさい。
でも、ママさんのコメントが本当に胸に沁みます。ありがとうございました。

桃は残念ながら、自分のブログを持っていないのですが、いずれこういう場を自分でも持ちたいなあとずっと考えていました。
長男の特性について気になり始めた頃から、やはり軽度発達障害のお子さんを持つお母さん方のブログをを読むようになり、専門的な書物よりもむしろ、勉強にもなりましたし、何より長男が第三者からの指摘をはっきり受けるまでの、自分自身の覚悟、腹を決めるための肥やしにさせていただいたと思っています。
今でこそ、こんなふうにささやかなコメントを書かせていただくこともできるようになりましたが、初めは認めたくない気持ちが強くて、読むことすら怖かった。わが子にも当てはまることが多すぎて、それでも否定できる要素を勝手に考えたりして。

ママさんの、

まだまだ、息子を「楽しい性格の息子で~す♪」と、こうして匿名であっても、紹介?する気持ちにまでは、なかなか到達しない母親です。
 
って、すごくすごくわかります。
でもそんなママさんの逡巡たっぷりの文章だからこそ、心穏やかに読むことができる、という方もたくさんいらっしゃるのではないかと思います。

私も、とにかく外に出る、やってました(笑)
もちろん、今でも。
車の運転ができないので、赤ちゃんもいるので、ひたすらひたすら歩きです。
軽く運動障害もありそうな、若干筋力弱くてゴロゴロしてることも多い長男(しかし多動)ですけど、歩くのは鍛えられて、か~な~り、根性出して歩いてくれます(笑)
やはり気持ちいいですね、風を感じるのは。

長男が生まれて育児休暇中、家に引きこもりでストレスたまりまくりなんだけど、育児サークルとかは全然行きたくなくて。
私自身のまわりのお母さんへの苦手意識、それプラス、やはり当時から独特な雰囲気の赤ちゃんでしたから(とにかくハイハイが止まらない、大人だろうが子どもだろうが人には目もくれず、公園の敷地から出て行っても気がつかず、ひたすらハイスピードで這っていく)、みんなで手遊びとか、みんなで体操とか、そんな場につれて行ったら、気分転換どころかノイローゼになって帰宅するのは目に見えてたので・・・
お天気いい日はひたすらベビーカー押してお散歩の鬼でした(笑)

いつになるかわかりませんが、もし自分のURLを持ったら、お知らせさせて下さい。訪問したいなんて言って下さって、嬉しいです。

禁煙、頑張りましょう(笑)








桃 | URL | 2009年03月01日(Sun)11:32 [EDIT]


teleさん

こんばんは、初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
 
そうですか、離婚されたんですか~。
私は今の所、離婚を考えておりませんが、瞬間的に
「離婚してやる!てめー!」的な発想をする事は、日常的に多々ある生活を送ってますよ(笑
 
ではなぜ、離婚しないのか、と問われれば・・・。
私は一度離婚を経験しており、現夫とは再婚です。
息子は私達夫婦の子供ですが、私は元夫との間に娘がいます。彼女が2歳半の時別れてから、今まで会っておりません。ま、事情は色々ですが、ブログとはカテゴリーが違いますので、こちらには全く書いていません。
 
なので、離婚に至った詳細は分かりませんけども、離婚した「女性」の気持ちなら少しは分かるかな、と(笑
  
父親を否定する事、それは、teleさんの選択や過去も否定してしまう事ではないでしょうか?
どんな事情があったにせよ、一度は籍を入れておられるのであれば、「良い時」もあったと思います。
ですが、やっぱり「人」ってバランスですもん。
 
別れる時もありますよ!(断言
離婚した事を悔やんだり、また逆に、せいせいした!なんて思いつつ、子供を育てるのは、大変な苦労だと思われます。どちらにしても、元夫の影が付きまとう、というか、別れた相手を通して、または子供を通して別れた相手を見てしまう、と言うか・・・。
 
彼を父親に選んだ事=自身の伴侶に選んだ事。
なのだから・・・、しんどくなる事も多いかと思います・・・。
  
決して、自分を否定されないで下さいね。
子供を育てるのに、自分を否定しては何も始まりません、こうして活字にするのは容易いですが、実行となると、感情って、人って、ホント、ややこしいですもん。
 
結婚した事も出産した事も、離婚した事も自分が選んだ道です。でも決して、それらを否定しないで下さ~い!
 
上手く言えないんですが、それらを含めて、今のteleさんが居られるのだと思うから。
だから、息子さんも育つんだ、と思うから。
 
焦らずに、ボチボチです。
私は出来る事しか出来ないんやと、思って、それでも、出来る事を増やそう、と思いつつやってます。
(もう、汗かきベソかきロケンローですが 笑
 
お互いに一歩ずつです、頑張りましょう、ね!

ママ | URL | 2009年03月03日(Tue)20:49 [EDIT]


桃さん

はい!
その際には、ぜひお知らせ下さいね!
待ってますよ。
 
そうですか、ベビーカーの鬼ですか!
やりますやん!(笑
 
当所もなく進み続けるってね、しんどいですよね。
そういう時って、行き先が決まらないって、めっちゃ寂しくて切ないんですよね~~ (笑
 
今は、真夏にようやってたわ、って自分を笑えますけど、いや、今年も?なんて不安もアリアリですけども、今年も公園に行けない、なんて事になったら「毎日ピクニック」を実行しよう、と密かに決意してますよ、私。
 
ええ、勿論、家事放棄な気合十分で (笑
 
「歩くのは鍛えられて、か~な~り、根性出して歩いてくれます」最高な長男君ですやん。
 
サークルは行った方が実はいいんですけども、行きたくない日だってありますやん?
なんというか、療育の為に行くだけではなく、「自分を振り返る」つか、確かに気分転換ってのもあります。
人目に触れる事で、確かに虐待を防ぐ、密室の孤独の中で、自分が自身を追い詰めるって減りますもん。
 
んで、みんなで手遊び&体操ありましたよ~~。
けど、出来なきゃ出来ないでいい、って割り切ってましたね、私。でも、家で出来ても外で出来なきゃ意味ない、とか、色々ね教えてもらいました、教室で。
 
なので、苦手なお母さんは適度にスルーしながら、行った方がいいと判断して行ってましたけど、・・・行きたくない日もありますもん、うん、ホント、分かります。
 
ノイローゼ、かあ。
皆が出来てたら、自分の子だけが出来ないと、焦りますよね~、めっちゃ分かる!
ウチもそうやった・・・。
先生の読んでくれる絵本を皆で輪になって、聞く、ってあったけど、息子はずーっと、その輪の周りを走ってたわ! けど、いつの間にか座って聞くようになったなあ~、アレは他の子の真似したんだと思うケド、今となっては、その時間全てが早期療育やってんな~と。
 
自転車で河川敷も辛かった、でも、家で子供の一挙一動を見てるのも辛かった・・・。
 
次男君も居てるとホンマ大変やと思いますが、外に出る!コレ頑張りましょうね~~、(ホンマ、自分に言うレベルですけども あ、私?私は今日、雪がちらついてましたが、頑張って車で図書館へ! ええ、外に出ましたよ!頑張りました! (花丸ですよね?
 
って事は、息子も頑張りましたって事です。
 
そんな風に、少しずつ母子で前進していこうと思っています。
 

ママ | URL | 2009年03月03日(Tue)21:11 [EDIT]


 

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