愛ダケじゃ、育たない。

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渡れない青と黄色の視覚支援

目が不自由な人向けの、黄色い点字ブロック。
息子はあの上をずっと、歩き続けるのが好きだ。
 
見えない人の為の支援が。
見えすぎる人の支援になっている事が、社会にはある。

「真っ直ぐに歩く」
それだけの事が、3歳11ヶ月の息子には難しい。
家から一歩外に出ると、視覚からの情報が入りすぎるのだろう。
 
ダーッと駆けたかと思うと、急に立ち止まる。
右に左にと、息子の興味は秒単位で移りゆく。
その度に、あっちにフラフラこっちにフラフラ・・・。
 
特に市街に出掛けると、あちらこちらと常にキョロキョロしっぱなし。
オマケに、それらの方向に体までついて行ってしまうので、繋がれた手は。
いつもいつも、引っ張られ気味・・・それでも。
 
それでもやはり、手を繋いで歩くのが嬉しくて、そして安心な私は。
息子の小さな掌をすっぽりと覆うように握って歩く。
道路なら点字ブロックの上を、息子は楽しそうに下を見たままで歩く。
どこまでも続く黄色い細い道は、息子にどうやら安心感を与えている様子。
 
ブロックがない時は、床の上にはめ込まれたタイルの色を選んで歩く。
息子の好きな色は、暖色系。
ベージュやグレーの良くある大理石を模した色は好まない。
もしくは壁際に沿って、嵌め込んである側溝の蓋を線路に見立て、
「出発しまーす」の一言を言って手を解き一人で歩き始める。
 
青い信号は渡っても良い、と幼稚園で教わってから。
点滅の青が、渡れないでいた。
「あれ (あの人 赤やのに、あかんなー」
と、赤信号で足早に渡る人を見て、いつも言っていた。
もちろん、青の点滅でも同じ。
「あれ (あの人 青ピカピカやのに、あかんなー」 であった。
渡り始める前に点滅が始まると、「ストップ!」と自身の足取りを止め、
「ね?息子ちゃんイイコでしょ?」 と私の顔を見上げる。
 
間違ってはいない、確かに息子は正しい、が。
点滅の青で渡っていれば、あの路面電車に乗れたやんか~、なんてヒトコマも。
青で渡り初めても、長い横断歩道だと途中で点滅になれば、
「わわわ!ママ、ママ、青やのにーーー!」と、横断歩道の上で立ち止まって大騒ぎ
これじゃ、渡るタイミングから考えなあかん、と思っていたが。
ある日、自分が乗りたい路面電車が停車所に停まっていたのを機会に。
 
点滅の青を手を引っ張って、渡らせた。
息子は、「どうして?どうして? ピカピカやのに!」と怒っていたけれど、
パニックを起こすような不安定さは見られず、騒いではいたけど、
横断歩道の中ごろで、抱き上げたまま渡りきった。
その後、無事乗れた電車の中で。
 
「息子ちゃん、さっき、ママ、青のピカピカで渡ったやん?」
「うん」
「青のピカピカは、すごくすごく急いでる時やと、オッケやねん」
「?」
「でもな、ママと一緒の時やないと、あかんで?!」
「はい」
と、新しい約束を作ってみた、ら。
それ以来、青の点滅の際に急いでる時限定で渡れるようになった。
 
一年前は、ピポピポと盲人用音声案内を聞かなければ、渡れなかった、青。
それが、今では。
「ママ、ピカピカや!行くで?!」 と、私の口調そっくりに真似ながら。
点滅の青を私の手を引っ張って渡ろうとしている。
乗りたい電車に乗った後には、必ず。
「あ~、良かった、間に合ったねえ」 と、これまた私の口調そのままで安堵の声。
 
息子の黄色い道は果てしなく続くのだろうけれど、アレがある限り。
息子と例え手を離したとしても、道路に飛び出る可能性は低くなる。
横断歩道では点字ブロックは途切れているため、信号の手前では必ず一旦止まり、
手を繋いでいても必ず、息子本人が信号を確かめるクセがついた。
 
真っ直ぐに歩く、ただそれだけのために。
「1」を伝えるために、「10」以上の手立てを考えながら。
誰かが誰かのために考えた手立てに、助けられている。
それが盲人用であっても、視覚支援用であっても用途は同じ。
「困っている人を助ける手段」
 
ベビーカーに乗っていた期間が長かった息子に。
本当のバリアフリーって何やろ? と教えられた。
そして、また、この土地でも。
本当の支援って、何やろ? と教えられている。
 

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