愛ダケじゃ、育たない。

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この子も私と「関わりたい」のだと、信じたい時

息子が幼かった頃、そう、1歳半から2歳半くらいかな。
毎日の生活の中での確かな、違和感。
 
育児書と違う、といった事ではなく、乳児を育てているなら、皆が・・・。
知っている事を、私は知らなかった。

 
乳児(お座りが出来て、少し動ける程度 の時期からの息子は。
ティッシュ出しを全くしない子だった。
普通の家庭になら、いや、上流でもあるんやろけど (笑 
普通の特売の箱テイッシュね、あれをよく子供って、次から次へと出して。
ママが、
「あら?ちょっと目を離した隙に~、やってくれちゃって、この子は☆」
なんて言いながら、白く散らかった部屋を片付けをするシーン・・・。
 
あれが息子には一切なかった。
 
それと同じだろうけど、トイレのロールペーパー、これも出さなかった。
自宅以外で、一歳半の頃、なんとか自力で歩くようになってから。
図書館のトイレに一人で入り込んでしまって、和式の便器にはまり込み抜けられず、
丁度視線の高さといい、カラカラという音色も手頃であったのだろう。
我に返り「ぎゃ~~!」と叫び出す前に、ヒト巻き使い切っていた。
 
あれが最初で最後だったように思う・・・。
(母親は必死で館内を探しまくり挙句、声を聞きつけ男子トイレに飛び込んだ事件 
 
母親のバックの中を引っ掻き回し、財布を見つけて大喜びで小銭をバラなく事もなく、
当時の気に入っていたオモチャと言えば、木製の滑り台を組み合わせ、
一番上に、玉落とすと、その玉が落ちてくる途中で音の出るオモチャ。
これを飽くことなく、何十回も繰り返し一人で遊んでいた。
 
木の優しい音色が・・・なんて思いながら買い与えた物だけれども、
音色を楽しむというよりは、くるくる回って、必ず同じ「音」がする事が楽しかったのかな、と。
今は、反応遊びだとか設定遊びだとかの知識があるだけ、そういった見方も可能だけど、
当時は、「私が指人形してるのに、どうして一人がいいんやろ?」みたいな気持ちで。
理由は分からないけど、釈然としない思いを抱えていたように思う。
 
だから、自分で組み立てられる木製の迷路みたいなオモチャ。
それを三歳の誕生日に買い与えた。
ピラゴラスイッチみたいな装置が、自宅で出来る。
上に入れるとグルグル回るビー玉、落ちるに従いあちらからコロコロ、こちらからも・・・、
といった仕掛けが数多くあり、ピタゴラ装置の大好きな息子は。
今では自分で、なんとか組み立てようとしている。
 
4歳になった今月、一番好きなオモチャは。
オモチャと言うより、プラレールや市販の街セットを使った、街作り。
大手オモチャ会社の販促用のDVDに出てくるような、巨大な街を一人で作り続けている。
現在、本間の8畳以上に息子の街は広がっている。
 
息子の作る街は、全てが立体的だ。
線路は立体交差あり、当然、地下鉄も走っていて、地上へ出るには緩い傾斜を設え、
ビルの隙間を走り抜けなければ、山や鉄橋には辿り付けない。
ビルにはエレベーターがつき、上下しながらヒトを運ぶ。
デパートやショッピングモールも並んでいるが、店員は決まってこう繰り返すだけ。
 
「いらっしゃいませ~、いらっしゃいませ~」
街の中では、誰一人として「会話をやり取りしない」
誰かがいつも、独り言を言ってる街。 
  
乳幼児が必ず、ティッシュを出すもの、必ず小銭を出すもの。
必ず、指人形遊びが好き、とは限らない。
だけど、あの頃から確かに、息子は。
 
「誰かとの関わり」を避けながら、遊んでいた。
そして、今も。

夕食の支度をしている最中、一人黙々と粘土遊び。
「雪だるま、作ってんねん」 と、掌サイズの丸い塊を、キッチンの床で転がしている。
小さな丸い目と、細い線で口をつけ、
 
「見て~、可愛いデショ」 と私に見せにくるが。
私の気持ちは聞いてくれない、ただ、報告に来るだけ。
キッチンの流しの隅に、チョコンと置かれた雪ダルマ。
私の返答や感想を待たず、小さな足音はまた、隣の部屋へ。 
 
こういう時。
同じキッチンで、「遊んでいた(雪ダルマを作っていた」 のだから。
関わりはそれでいい、今はそれが息子の選んだ距離だ、と自分を納得させたい、が。
 
夕食の支度なんか、そのまま放っておいて。
その小さな足音を、まだ温かみが残る雪ダルマを片手に持って、
「ママもコレ、作りたいねん、教えて~!」 と、ただ追いかけたくなる。
  

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コメント


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ママさん

あああ…わかります。
なんか釈然としない。すごくわかります。

一人目だし発達の専門知識もないただの母親でしたが、とにかく釈然としないことだらけの日常でした。

息子ちゃんとはタイプ違いますが、うちは例えば一歳で初めて積み木を与えた時。
全ての積み木を躊躇せずに思いっきり、部屋の端から端に投げ飛ばしました。
全てですよ。セット全体の数は少なかったんですけど。
いやもうその躊躇のなさには本当にビックリしました。子供ってこんなもの?男の子ってこんなもの?釈然としなかったですね…。

また、おもちゃのグランドピアノを与えると、鍵盤を叩いて遊んでいるのは束の間。ふと見るとグランドピアノが裏返されている。これもビックリ。いつも裏返しました。

そろそろあんよの練習を始める頃。遊びに行った先のおうちで同じぐらいの月齢のお友達が、押し車をカタカタ押して歩いている微笑ましい風景。
しかし長男は、カタカタ動く下の付属のおもちゃに気をとられ、寝そべって付属のおもちゃをいじり続け、押して歩こうとして困って待っているお友達の存在には全くもって気づかない。チラリと見ることすらない。それは明らかに不自然な風景でした。

今、もうすぐ一歳を迎える次男をみていると、あの頃の違和感全て、神経質な母親の気にしすぎなんかじゃなかったことがよくわかります。(そもそも私は神経質なタイプではないのです)
そして当時どれほど行き場のない不安を抱えていたかも鋭い痛みを伴って蘇るのです。

兄がテーブルの上に複雑に積み上げた積み木やブロックを、つかまり立ちの姿勢で壊さないように兄の表情も注意深く伺い、一番気に入ったひとつのブロックだけをそっと掴んで安堵の顔で床に座る次男。

0歳児でも空気を読んだり、その場に応じた力の加減をしたりするなんて、長男の育児中には知る由もなかった桃です。

視線も合いにくく、他人にはまるで興味を示さなかった長男も、四歳の今、密かに憧れているらしい同じクラスのお友達に絡みたくても絡めず(その子のまわりにはいつもたくさんのコミュニケーション達者なお友達がいるので)、せつない表情をたまに見せることがあります。
すごく不憫ではありますが、同時に、ああ、進歩だなあ、と胸の詰まるような思いで見ています。

桃 | URL | 2009年03月14日(Sat)22:48 [EDIT]


桃さん

そうそう!
「男の子ってこんな・・・?」みたいな積み重ね(誤解 でしたよ!私も(笑
 
積み木を投げ飛ばすってのも豪快ですねえ!
発達障害関連の本にも「オモチャを本来の使い方で遊ばない」って乳幼児のチェックみたいな箇所に書いてはあるんですが、「どういった形で、こんな小さい子が遊ぶのが正解?」なんてね、モンモンとしてました(笑
 

0歳でも「周りを読む」って可能なんですよね、定型さんだと・・・、でも、「子供だから仕方ない」の部分を大きく誤解してたなあ、と。今、ひしひしと感じています。
 
関わりたいお友達を何とか、遊びに誘えたらいいですね!そこからまたたくさん心にも発達にもプラスになる物が得られるでしょうし・・・。
 
切ないお顔、見ていてこちらも胸が締め付けられる時、ありますよね~、日常をよく知っている、母親ならではの、気持ちですね。
 
息子さんと気になるお友達が発展する事を、応援していますよ!

ママ | URL | 2009年03月16日(Mon)09:40 [EDIT]


はじめまして

ママさん、はじめまして。

昨日こちらのブログを初めて訪問させていただいたButsuzouと申します。

私には一人娘(3歳7ヶ月)がいます。先日とうとうというかやっとというか広汎性発達障害を医師から告げられました。私自身2歳代から「うちの子はどうなんですか?」とずっと問い続けて、医師もその勢いに押されて・・・みたいな感じです。(医師としてはもう少し年齢が上になって、もっとはっきりと診断名をつけたかったみたいです。)

娘は首の座りから遅くて、現在歩いてはいますが未だにジャンプはできず、全ての面で遅れがあります。7ヶ月の時からリハビリ開始、1歳過ぎてから療育に通っています。

他にも疾患があり、発音も非常に不明瞭なため、自閉傾向にさらに磨きがかかってコミュニケーションを取ることがしんどいです。

自己紹介が長くなりましたが、ママさんは本当にすごい方ですね。(すみません、ありきたりな表現で。)そしてその記事にコメントを書かれる方々も皆さんしっかりとした考えをお持ちで、正直こちらにコメントを書くことにためらいがありました。

いくつか記事を拝見したのですが、途中から涙をこらえることができませんでした。その涙は一つは、娘にも重なる部分があることで実感できる涙。そしてもう一つは「私はこんな立派な母親になれない。私は本当にダメな母親だ。」という自分自身への情けなさからくる涙です。

ママさんにはきっと軽蔑されてしまうと思いますが、私自身の今の正直な今の気持ちは「娘と離れる時間がもっと欲しい。」

娘と一緒にいると本当に自分がいっぱいいっぱいになってしまうことが日に何度もあります。私はこんなに情けない人間だったのかと自己嫌悪に陥る毎日です。

私もママさんのように頑張りたい!と今まで何度も思っては挫折し、今はもう日々淡々と過ぎていけばいいかな・・・と思っているダメ母です。

今は娘のことより自分の興味のある資格の勉強にうつつを抜かしている状況です。(ちなみに専業主婦です。)

自分でも何が書きたいのか、ただママさんに愚痴を聞いてもらいたかったのかよくわからなくなってしまいました。これからもママさん、頑張ってください。

もし不快な表現等ありましたら、申し訳ございません。

Butsuzou | URL | 2009年03月17日(Tue)13:17 [EDIT]


Butuzouさん

初めまして。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
 
そうですか、広汎性発達障害ですか・・・。
「とうとうというかやっとというか」の気持ち、分かります。診断名を告げられる事に抵抗があったのが最大の理由でなく、「自分の納得出来る答え」を医師から告げられた気持ち・・・。
 
私は「やっぱり」と今までの疑問や不安を払拭された安堵の気持ちも含まれていました。
 
診断を下さった医師もやはりButuzouさんが診断を仰がれた医師と考え方は同じで「ハッキリしてから」と言われていましたが、入園を控えている旨を告げ第一に息子の「加配の為」の診断でした。
 
これから、ですね。
けれど、その前にButuzouさんは、相当疲れておられるのでは?と思います。専業主婦でコミュニケーションがままならないお子さんと24時間一緒ですもん、精神的にとても大変なご様子が覗えます。
 
少しの時間でも母子分離出来るのが可能にはなりませんか?児童デイサービス等を利用して(療育手帳とは別で、受給者証を発行してもらってからの利用です 
子供を預かってもらう時間を検討されてはどうでしょう? 
 
いっぱいいっぱいな状況で療育って難しいですよ。
(思いっきり経験アリ 笑 
何と言うか・・・良くも悪くも親子揃って煮詰まってしまうねんな~。で、結果「出来ない箇所」で悩む時間が増えてしまって、「どうすれば出来るのか」で悩めない。私も息子に「切り替え」を求めながら自身の切り替えが難しくて・・・、毎日が自分との闘いやわ~(苦笑
 
私ねえ、そういった時にいつも思うんです。
「この子は、私の事、どう思ってんやろ?」って。
そりゃ、一番安心出来る「道具」だと思ってる箇所は多いです、確かに発達障害って部分ね、でもね~。
 
私と離れる時、(ちょっと預ける、とかね 納得して無い場面で息子は私と離れるとなると、すごく泣き叫ぶ。
その顔を見ると、「あかん、私やないとこの子はあかんねん」って思うんですわ~。(親バカ 笑
 
私だって強くなくて、ホント、フツーのバカ親なんですよ~、息子にビンタ張る時もありますもん。
でも、「ママ、あかん~~~!」ってね、近所に通報されるんちゃう?って声で、離れる時は泣き叫ぶ。
結局、預けるっても預け切れなくて。
 
離れて、2時間もすれば息子が気になって。
今頃、泣いてるんちゃうか?とか、誰かにイジメられてんちゃうか?ってね(ホント、バカ親やな 笑
 
療育ってね、家庭で、日常の中で行われるのが一番ってそれはそれで正論やと思います、でも、
「親だから不可能な事」も家庭内療育にはあります。
それは甘やかしてしまうから、だとか、逆に「親である事を盾にとって甘えたい子供に厳しく療育を行う事」だとか、ま、色々あると思いますが、
「親と子だからこそ、不可能」な部分もあるんです。
 
なんていうのかな~、私、専門家ちゃうし、良い言葉が見つからへんけど・・・、子供が小さいウチは、やっぱり互いに「依存し合ってる」生活ですやん?
ママが居ないと生きられヘンって子供と、子供が目の届くトコに居てないと不安、って感じで。
 
産んですぐ、どこぞにポンと預けて「せいせいした」って母親は、ま、どっちかと言えば少数派やんか?(笑
Butuzouさんも、簡単にポンと預けられないジレンマがあって、(家庭の事情もあろうし、精神的な部分も 
離れたい、けど、でも・・・ってしんどくなっておられるのと違うかな??
 
24時間やから。
「コミュニケーションを成り立たせたい相手と、成り立たない」のが・・・。
そりゃ、離れたい、自分のやりたい事に没頭したい、って思うわな~~。
 
「娘さんと離れたい」と今、切に思われるのは、
Butuzouさんが、ダメ母だからではなく、懸命に今まで関わろうとして来られた良いお母さんやから、の証やと思うけどなぁ?
 
娘さんを預けたいと思っているなら、思い切って預けてみてはどうでしょうか?
それが1時間でも2時間でも、自分の時間を確保してみて、それから娘さんを迎えに行ってみて下さい。
何度か繰り返すウチに、子供との距離というか、子供がButuzouさんに求めている距離や、自分が子供に求める距離が計れるのではないでしょうか??
 
自己嫌悪に陥っている時間を、例え5分でも切り替えて自分から動いてみませんか?
 
娘さんは不明瞭な言葉で、Butuzouさんを求める時、何て言いますか?
「ママ」じゃなくても、「あ、娘が呼んでる」と、きっとButuzouさんには分かるのでは?と思います。
それが大事なのとちゃうかな~、と思ってます。
 
ダメ母なんて、言わないで。
懸命にやってたから、思ってるから、辛いねん。
やりたい事に現を抜かしてるダケの母親なら、
このブログに来てないって(笑
 
愚痴でも何でもいいですよ、コメントありがとう!
一緒に、これからボチボチ、行きましょう!






 

 

 

ママ | URL | 2009年03月18日(Wed)22:53 [EDIT]


Butuzouさん

初めまして。桃と申します。
私もママさんのブログに感銘を受けて訪問させていただいている者です。

それからママさん、自分のブログでもないのに横からすみません。不快だったら申し訳ありません。削除して下さい。

私は発達障害様子見の長男が一歳台(まだ障害のことがわかる前)から保育園に入れて働いていました。
集団が苦手な長男には、今にして思えば大きな負担を強いていたと思います。
ただ、幸いにもとても良心的な素晴らしい保育園で、先生方は私自身の大きな精神的支えとなって下さいました。仕事をしていたから保育園がありがたかった、ではなく、私の場合は特に、私自身も発達障害の傾向ありの自覚を持っているような人間なので、無意識のうちに第三者に助けを求めなくてはやっていけないと感じていたのだと思います。

人目に晒して虐待を防ぐ、じゃないですけど、例えば育児サークル程度の「人目」では私の場合足りなかったと思います。だってそこには立派なお母さん達(に見える人達)がいて、余計に劣等感が募りそうでしたから…。
プロに預けてせいせいした、というのでは決してありませんが、良質な保育園等に子供を預けた経験のある方なら、自身や子供に障害あろうがなかろうが、専業主婦の育児の閉塞感や大変さや辛さがどれほどのものか、逆にすごく感じてわかっていると思います。Butuzouさん全然ダメ母なんかじゃないですよ。

母親に勝るものはないかもしれません。でも、だからといって皆が皆、24時間偉大な母親でいられるわけもなく、精神状態にも個人差があります。

私も今、専業主婦ですが、子供と向き合い続けるのに限界を感じています。
今のところ定型発達と思われる下の子は保育園に入れて、仕事を探すつもりでいます。
仕事を続けるために預けるのではなく、預けるために仕事を探す…。なんて愚かな母親だろうと自分でも思います。
それでも、育児していく上で精神的に少しでも風通しよくするために…悩みながらの選択です。
批判的な意見は多いでしょうし、批判されるであろう内容も非常にわかります。こんな小さいうちから預けて可哀想。
働く母親が投げかけられて一番傷つく言葉ですが、実際、可哀想な面もあるんですよね、絶対に。どんなにいい保育園だって、子供には負担です。でも。
専業主婦で子供と向き合うというのも大事業だと思うんです。
とりとめない文章ですみません。
少しでもエールを送りたくて。

桃 | URL | 2009年03月19日(Thu)09:41 [EDIT]


 

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